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2013年4月29日 (月)

お笑い芸人さんと『薔薇族』

 ぼくはお笑い芸人が出ているテレビ番組はほとんど見ていない。ところがなぜか、吉本の芸人さんと、『薔薇族』はご縁があった。

 1999年の9月号、No.320の表紙は、シャンプーハット、ガレッジセール、アップダウン、ライセンスの面々が、裸で表紙に登場している。グラビア頁には、4コンビのあられもない写真が載っている。写真の提供は吉本興業、写真は伊藤文學とあるではないか。

 16年も前のことだから、ぼくは65歳、写真を撮り、4頁も記事まで書いているとは元気だった。その頃、日本テレビ系の深夜番組で、毎週火曜日の深夜、1時45分からの30分「吉本ばかな」というのがあったそうだ。

 お笑い芸人さんというのは、10数年という長い下積み生活があって、テレビに出られるようになるのは大変なことなのだ。ほとんどの人は、その間に消えてしまう。

 ぼくの書いた記事には、こんなことが書いてある。

「そこで彼らは考えたのだ。「有名になろう」と。そのためには「雑誌メディアを征服する」という途方もない計画を立てた。

 彼らが乗りこんだのは、まず『ザ・テレビジョン』だ。ところが知名度がない、全国ネットじゃないということで、お情けで小さい扱いになってしまった。

 なにを血迷ったのか、その次に訪ねたのが『ナース専科』。看護婦さんが読む雑誌だ。そこでもとりあげてくれたのが「伝言板」の頁。そして『TOKYO1週間』と、『週刊宝石』の編集部。ところが編集の人が、コンビの存在を知らない。あげくの果ては「ビッグになって、また来てください」と、すげない返事。

 そして最後に彼らがやってきたのは『薔薇族』編集部で、テレビに顔をさらしてもいいというのは、編集長のぼくだけ。狭い編集部に8人の男たちと、女性ひとり。それにディレクターや、カメラマンなど、スタッフが10人ばかり。もうライトの熱も交じりあって、男の匂いがムンムン。

『薔薇族』の表紙にのせてください!」と、彼らのお願いに、ぼくは即座に「いいですよ」と約束してしまった。

 それからすぐにロケバスに乗って、上北沢の松沢精神病院の裏手にあるスタジオに向かう。バスの中で「松沢行きだね」と言っても、関西の連中だから、そのギャグが通用しない。その存在を知らないのだから、どうにもならない。

 普通の民家がスタジオになっている。応接間もあれば、和室もあり、ベッド・ルームもある。そして調度品もそれなりのものが置かれている。

 スタッフのひとりが、どの子が一番いい男ですか?と、そっと耳うちするから、「カメラマンが一番魅力的だね」と、答えてしまった。(ぼくの男を見る目も、きたえられていた)

 からだもがっちりして、色も浅黒く、仕事に打ちこむ姿は美しい。第一、目がキラキラと輝いている。

 お笑いコンビたちも悪いわけではない。みんな若いし、「有名になろう」という意欲と芸人根性というか、そのへんの若者と違うバイタリティがあり、どんなことでも嫌がらないでチャレンジする逞しさを感じる。」

 皮肉なことに、雑誌の方は、どの雑誌も消えてしまって、彼らの方は、みんなテレビで活躍している。

「次長課長」の河本君も、有名になってしまったし、表紙に使った「カウカウ」の多田健二君もテレビに登場するようになった。彼らが有名になって、『薔薇族』の表紙になったことを誇りに思ってくれているだろうか?

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