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2013年5月

2013年5月27日 (月)

第20回「伊藤文学と語る会」

来る6月22日(土)、下北沢のカフエ「占茶」にて、第20回「伊藤文学と語る会」を開催致します。

日時・6月22日(土)午後12時~14時
場所・下北沢一番街、カフエ「占茶」
会費・各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階
電話・03ー3485ー8978

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国士舘大学のカフエとバーに行きたい!

 「伊藤文学と語る会」は、「邪宗門」から始まって、「つゆ艸」に変わり、4月から下北沢駅から3分のカフエ「占茶」(せんちゃ)に場所を変えた。

 今度は2階なので外から見られることはない。それに貸切りにしてくれて、入ってくるお客さんを断ってくれる。

 落ちついたお店で、声も反響しないので、耳の遠くなったぼくにもよく聞こえる。20日の会には、千葉からオシャレな若い女性が出席してくれ、10数名の参加で、にぎやかな会になった。

 帰りには居酒屋の「大庄水産」で夕食を食べ、話はつきなかった。

「占茶」に国士舘大学の学生に頼まれて置いてある、国士舘広報課発行の『ウゴパン』という、シャレた雑誌をもらってきて読んでみた。

 以前にも、もらって読んで心に残る記事があったので、ブログで紹介しようと思い、広報課に電話したら、転載を断られてしまった。悪口を書こうと思ったのではなく、あまりにもよくできている雑誌なので、ほめて書こうと思ったのだが。

『ウゴパン』って、「動いてパンセ(仏語のPANSER=考える)の略」だそうで、誌名からしてかつての国士舘大学のイメージではない。

『薔薇族』を創刊して数年経った頃だから、昭和50年代のことだ。

 どういうツテでモデルになってもらったのか忘れてしまったが、応援団の国士舘大学生を使ったことがあった。

 どうもその頃の国士舘大学のイメージが残っていて申しわけないが、いつの間にか『ウゴパン』と同じように、あか抜けした大学に変身してしまっていた。

 モデルになってくれた、応援団の学生は、見るからにおっかなくて、今にも暴れ出しそうな風貌で読者好みの男だった。

 学生の部屋を斡旋する不動産屋も、国士舘生だというと、断ったという話を聞いたことがある。

 ガラの悪い友だちを連れてきて、ドンチャン騒ぎをするのを恐れたからだろう。その時代、どこの大学でも応援団員が暴力さわぎを起こして、解散させられたこともあった。

 ぼくの息子の子供、女の子は国士舘中学から高校を出て、今年、日大の法学部に入学した。学園祭にも何度か行ったことがああり、校舎の設計をブログでほめたこともある。

 曲線を多用し、色彩も多く使っていて、心がなごむ校舎だったからだ。大学の校舎も立派になり、体育館も新設された。裏表紙の広告は、ホテルのレストランか、バーかと思ったら、校舎の最上階にある、カフエとバーの広告だった。

 うれしいことに、「国士舘大学のスカイラウンジは、どなたでも利用できます。」とあるではないか。

「360度見渡せるダイナミックな夜景」とあっては、行かずにはいられない。日曜は休みだが、値段も安いのでびっくり。小田急線「梅ヶ丘駅」から徒歩10分。世田谷線「松陰神社前」から徒歩5分のところだ。

 この雑誌を見る限りでも、国士舘大学は、進化していることは間違いない。活気を感じる大学だ。

 さて、母校、駒沢大学はというと、まったく元気がなく沈滞ムードだ。受験生もへってしまっているようだ。

 国文科の同窓会も長い間続いたのに、卒業生に通知する費用が、学校からの援助がなくなり、連絡できずに廃止になってしまった。

 数年前に何やら分からないものに投資して、何十億も損してしまったのが、尾を引いているようだ。

 国文科の大学院生も、ひとりもいないとは。広報課に有能な人材を入れて、まきかえさなければ、落ちこむばかりだ。頑張れ! 母校、駒沢大学!

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2013年5月25日 (土)

ゆっくりと時が流れていた時代

 38年も前の1975年8月号の『薔薇族』、まだ広告も入れていない頃だ。その頃から、読者の投稿頁「人生薔薇模様」があり、多くの読者からの投稿が載っている。

 ネットのメールなんてなかった時代、原稿用紙や、びんせんに長々と書かれた投稿が多かった。

 ぼくはこんなことを書いている。

「ぼくは「人生薔薇模様」への投稿を読むときが一番楽しい。グチっている人、ボヤいている人、自慢している人、自分の体験を語る人、いろんな悩みや、いろんな人生が語られているのです。こんな素晴らしい欄は、どの雑誌にもないものです。また、どの雑誌もマネができないでしょう。

 6月号のこの欄に飯塚市の18歳の少年の投稿「ぼくの気持ちをどう伝えたら」が載っている。

「ぼくは見たんだ。本屋さんで『薔薇族』を買おうか迷っていたら、その人、ぼくのそばにきて『薔薇族』を手にとり、表紙を見てレジの方に行ったんだ。

 上下のジーンズで揃え、サングラスをかけ、ちょっと素敵だったんだ。それで後を追ったら、ラーメン屋の裏口から入って行った。

 街で二度ほど兄貴を見たんだ。兄貴のことを思うと、胸が……。どのようにぼくの気持ちを伝えたらいいのかな。

 そんなかわいい文章がのったのを記憶されている読者も多いでしょう。そうしたら、その兄貴から感激の手紙がとどいたのです。

「なんだか周囲が薔薇色に輝いて見えて、人と人との縁の不思議さを考えさせられております。」って……。

 ぼくまで、ほほえましくなっちゃって、胸がドキドキしてくるみたい。一日も早く、この雑誌を作って、本屋さんに送りたい。梅雨のうっとうしさも、ふっとんでしまうぐらい、うれしくなってしまいました。」

 ネットのメールで相手に即座に届いてしまう時代と違って、時間がゆっくりと流れていた時代、いい時に雑誌を出し続けることができて、幸せだったと思う。

 同じ号の「人生薔薇模様」の欄に、16歳の高校二年生の投稿が載っている。

「まだ男性の本当の素晴らしさを知ることもなく、とまどいがちに、男性への憧れを抱いて、足をふみ入れている男の子です。

 ぼくは物心ついたときには、もうすでに男性が好きでした。みなさんは覚えているでしょうか。歌手の梶光夫を……。(古い話だな。確か女性向けのアクセサリーのデザインを考えて製作、それを販売して成功し、豪邸に住んでいるのをテレビで何年か前に見たけれど)

 今思うと、幼心に彼をいじらしいほど好きだったことを覚えています。記憶をたぐりよせれば、多分、彼が一番最初に好きになり、それ以来、今も消えずに残っています。

 ぼくがホモについての書物があることを知ったのは、中学二年のときでした。本屋で南定四郎先生(『薔薇族』の初期の頃、小説やエッセイを寄せてくれていて、のちに『アドン』を発行し、編集長になった人。ぼくと同年齢ぐらいと思うけれど、現在は沖縄に住んでいると噂話に聞いたことがある。)の『ホモロジー入門』(第二書房刊)を見つけ、内容を見たときの震えは、きっと忘れることはないでしょう。

 顔から火の吹くような恥ずかしさを感じながらも、よくその本を買えたということは、言葉に表せないくらいの驚きでした。

 それ以来、ますます感情は燃えあがってきました。」

 広島県の少年だけど、その後、どんな人生を送っただろうか。『薔薇族』で育った少年たち、みんな幸せになっただろうか。

 ゆっくりと時が流れていた時代が、なつかしい。

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2013年5月20日 (月)

ポルノ映画は、女を見に行くのではなくて―。

 1984年、No.132 1月号を見ていたら、俳優の島村謙次さん(昭和5年生まれ。昭和30年、日活株式会社に入社して、専属俳優となる。昭和55年、にっかつを退社。現在はフリーとして活躍中。小林旭の渡り鳥シリーズに多数出演。「戦争と人間」「人間の条件」ロマンポルノの「昼下がりの情事」など、多くの作品に出演している。)

 この島村さんの熱心なファンの若者から、たびたび電話をもらっていた。

 24年も前、ぼくも元気だったし、雑誌作りに励んでいた頃だ。『薔薇族』のスタッフ(と言っても2、3人)は、若いスポーツマンタイプが好みで、中年というか、初老の重役タイプが好きという人はいない。

 しかし、ぼくはそういう人もモデルにしたいと考えていた。そんな矢先に偶然の出会いがあった。

「涅槃の人」(どんな映画だったのかまったく覚えていない)という映画の試写会を見に行った帰り、その映画に出演していた、島村謙次さんが、ぼくと肩を並べて歩いているではないか。

 チャンスとばかり、勇気を出して声をかけ、

「対談をお願いしたい、それにできれば写真も撮らせてほしい」という、虫のいいお願いを切り出してしまった。

 そうしたら、すぐに「いいですよ」と承諾してくれた。島村さんはでっぷり太って、からだも大きく、それでいて目がとっても優しい魅力的な人だった。これで中年ファンの若者によろこんでもらえると思った。

 島村さんのもとに寄せられた、沢山のファンレターの中から、読者のものと思われる手紙をお借りしてきた。

「初めまして、こんにちは。僕はピンク俳優島村さんの大ファンです。僕はいつも島村さんの裸を見るだけで男が立ってしまうんです。それにしても謙次さんのファックシーンはものすごく迫力があります。

 僕はポルノ映画は、女を見に行くんじゃなくて、男優を見に行くんです。少し変わっているでしょう。そう僕はホモなのです。 

 顔、ファックシーンからいって、ナメ謙の謙さんが一番好きです。謙さんは同性愛好きですか?

 でも、僕は一度でもいいから、憧れの謙さんにナメられて、本番ファックをしてみたい。そして謙さんの男をナメてみたいんです。触るだけでもいいんです。

 僕は今、二十歳です。初めての男はぜったいに島村さんにあげたいんです。ひやかしなんかじゃありません。本気です。

 謙さんは結婚していませんね? 女性とのファックだけじゃなしに、男同士もすばらしいものだと思います。お願いします。一度でいいから、僕をナメてください。」

 島村さんとぼくとの対談は、14頁も使っていて、写真も新しくなった第二書房の3階の座敷で撮ったもので、グラビア頁に8頁も使っている。

 今、この対談を読んでみると、僕がしゃべっているとは思えない、他人さまの話を読んでいるようで、根掘り葉掘り聞いていて面白い。

 ぼくも頑張って雑誌を作っていたんだなあという思いにさせられる。

 伊藤 中年の男に憧れる若い人に共通したものが、なにかありますか?

 島村 なかには父親がいなくてという人もいましたね。

 伊藤 小さいときに父親を亡くしちゃったとか。

 残念、みんな読んでもらいたいけれど、出来なくて。その後、島村謙次さん、どんな人生を送られたことか。ファンを大事にする優しい方だった。

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第19回「伊藤文学と語る会」

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5月25日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

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2013年5月18日 (土)

警察官の制服に強い愛着を!

 ぼくは子供のころから、ひ弱だったので、強いものに憧れて軍帽をコレクションして、どんな屈強な男が、かぶっていたのかを想像したりしていた。

 そんな他愛ない願望は、だれしもが多少は持っているに違いないが、『薔薇族』の読者の「制服願望」は、そんななまやさしいものではない。

 1975年、No.32 9月号に載っている、京都市に住む児玉重夫さん(23)からの投稿だ。

「私の場合、ひ弱だったせいか、強いもの、逞しいものへの憧れを少年の頃から持っていました。

 ことにいかめしい軍服や、軍靴、警察官の制服などには強い愛着を覚えました。たんに格好がよいとか、勇ましそうで好きだといったものではなく、それ以上にもっと強烈な、性的な興奮をともなって、それらを眺めました。

 そしてまた、見るからに健康で、がっちりとした筋肉と、野性的な風貌と、底力のある大きな声をした男に出会うと、「彼になりたい」「彼のようでありたい」と思うと同時に彼の衣服を、この身につけたいという欲望を強く感じるのでした。

 よくバスの中や、エレベーターの中などで体格のいい制服姿の警察官を見つけると、ひそかに彼を眺め、それから何気なく彼のそばに行くのでした。そうして後ろめたい気持ちと気づかれはしないかという心配とで、胸をドキドキさせながら、恐る恐る彼のそばに立つのです。

 目をとじて全神経を嗅覚に集めて、その男らしい匂いを吸いこみます。空想の中で、私はその制服を荒々しくはぎとり、自分の服と着がえます。見ただけでふるいつきたくなる衝動をじっとこらえて、想像の世界を広げていきます。

 生あたたかい湿りをもった彼の下着、くつ下からパンツ、シャツと次々と、その男の体臭と体温のこもったものをすべて身につけていきます。

 そしてあのザラザラした肌触りの制服が身を包むときを想像すると、もう体中が熱くほてってきて、背中はじっとりと汗ばんできます。

 あの幅広い革のバンドは、男の汗が染みついていることだろう。あの制服にはポマードの匂いがしみこんでいることだろう。ああ、そう思うだけで私はもうたまらないのです。

 頭はくらくらとしますし、口の中はカラカラに渇き、目はボオーッとしてきます。

 そして火のように熱く、はち切れそうになっている私の大切なものを、人に気づかれはしないかと心を痛めるのでした。

 私は自分の悲しい行為をさげすまないではいられませんでした。そして私の貧弱な体格と柔和な色白の顔立ちをいたく卑下し、それがなおいっそう彼らへの欲望をつのらせるのでした。

 いく度となく、繰り広げられる空想の中で多くの警察官や、兵士たちや、有名なスポーツ選手や、映画俳優たちが私によって次々と襲われ、犯されていきました。

 私は夜、床の中でねむりつく前に、世にも奇怪な想像を行うのでした。(後略)

 この切なく激烈な願望は、あくまでも願望であって、現実ではありません。夢なのです。私は分別も常識もあり、馬鹿げた犯罪など犯せる勇気も、意志も持っておりません。」

『薔薇族』は、いろんな読者が投稿することによって、欲望のはけ口になっていたことは間違いありません。

 想像することは個人の自由です。頭の中で想像するぶんには、何をしたって許されますが、法に触れるようなことを行動してしまったら、これは犯罪だ。果てしない欲望と戦うしかないとは……。

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第19回「伊藤文学と語る会」

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5月25日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

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2013年5月13日 (月)

三島由紀夫と福島次郎と

 平成10年3月に『文藝春秋』から刊行された、福島次郎著の『三島由紀夫―剣と寒紅』。その帯には「四半世紀を経て、綴られる作家の実像・身に潜む「同性愛」の芽を感じてきた著者が、不世出の作家との「秘かな交際」を明かす衝撃の文学」とある。

 三島氏の遺児ふたりが、筆者と出版社を相手に訴えていた裁判で、販売禁止となった。発売して、わずか20日足らずの販売だったのに、ぼくが持っている本は、第4刷とあるから、かなり売れていたと思う。

 1998年(平成10年)の6月号に載った、藤田竜さんの「三島由紀夫はなぜ裸体を見せ続けたのか」は、じつに面白い。三島さんと若き日にベッドを共にしたことがある、竜さんの記事は、三島由紀夫を研究する人はぜひ読むべきだろう。

 竜さんの記事のあとに、河合豊明さん(NHKの職員だった人)が、「『剣と寒紅』―呪縛された魂」と題して書いている。

 藤田竜さん、自分の頁は派手にしているのに、河合さんの記事は、たった一頁に小さな文字でつめこんでしまっている。竜さんらしい扱いだが、この記事も面白い。

 河合さんが昭和26年、大学一年生だったときに、緑が丘の坂の上にある三島邸の玄関左横にあった、福島次郎氏が寝泊まりしたこともあると、その著書に書かれた和室で、青年福島氏と二人きりで、ほんのわずかの間、会話をしたことがあるからである。

 河合さんは、こんなことも書いている。

「内心、小説家になりたいと思っている青春期の若者が、大作家邸で出会ったというだけの、それもその後の付き合いもなく、それっきりでしかなかったのに、覚えているのは、青年期の福島氏の美男ぶりのためか?

 彼の頭髪はまだ短かった。三島さんの書生のような仕事をしているらしいのは、彼の言葉の端で気づかされた。と同時に私は本能的に三島氏との仲を察していた。

 私が出会ったときの福島氏は『禁色』の主人公、悠一の風貌描写に近似値を持っていたからである。このころ緑が丘の三島邸を若者の不遜さで、わたしは何度か訪れている。
 福島氏に会うことは、それっきりなかった。」

 福島次郎さん、三島邸を訪ねたころは、美男子だったようだ。三島さんの『禁色』を読んで、作中の同性愛者が集まるルドンという店が、どこにあるのか教えてほしいと、田舎から出てきた青年が訪ねてきたのをすぐさまルドンに案内したというのだから、気に入ってしまったのだろう。

 藤田竜さんは、こんなことも書いている。ゲイの人って、自分の好みの相手でないと、一緒にベッドを共にしても燃えないものだと。『剣と寒紅』のタイトルだが、「剣」は三島さんのことで、「寒紅」は、三島さんのご母堂のことで、寒紅は最上の紅をさすのだそうだ。

 藤田竜さんの文章も、河合豊明さんの文章もじつに面白い。全部紹介したいが、短い文章ではとても書ききれない。

 河合さんも文筆家をめざしていた方で、話題になった三島さんが文体も変え、ペンネームも変えた『愛の処刑』が載っている。『アドニス』の別冊に、河合さんの小説も載っている。

 こんな福島さんへのねたみとも思える文章を河合さんは書いている。

「晩年とはいえ一流出版社(文藝春秋のこと)から作品がハードカバーで上梓される栄誉をついに担う。そしてもうひとりの少年(河合さんのこと)は、晩年に至るも願い果たさず来るべき終息を待つ」と。河合さんは『薔薇族』の第二書房から三冊も本を出している。大いに誇るべきではないか。

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第19回「伊藤文学と語る会」

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5月25日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
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2013年5月11日 (土)

自民党を応援するしかないなんて

 ぼくが『薔薇族』の編集長だった35年、生存している有名人をゲイだなんて、記事にしたことは一度もない。

 今朝の『週刊現代』(4月20日号)の広告を見たら、「小泉進次郎はゲイかもしれない」の特別レポートの見出しが載っていた。

 近所のコンビニで、早速買って読んでみた。なんとまあ、薄汚い表紙だ。見出しをベタベタ入れて、『週刊現代』の誌名の上にまで見出しが載っている。

『薔薇族』の表紙に見出しを入れるべきかを藤田竜君とよく話し合ったものだ。二人の考えはよほど読ませたい特集などがあったときだけ入れようということになっていた。

 週刊誌で見出しをベタベタ入れないで、イラストだけを貫いているのは、『週刊文春』と『週刊新潮』だけだ。

 最近の週刊誌は、見出しだけは読者がとびつくようなつけ方をしているが、読んでみるとあてはずれのことが多い。

 一番売れていると言われている『週刊文春』ですら、最盛期の半分以下の売上と聞く。『週刊現代』の表紙を見ただけで、なんとか売りたいという、あえぎが聞こえてくるようだ。

 小泉進次郎さんがゲイかもしれないの記事も、単なるうわさ話であって、具体的な確証は何ひとつない。こんなことで記事にされたらたまったものではない。

 まさに売らんかなの記事だ。小泉進次郎さんは人気があって、次の参議院選挙の候補者から応援演説の依頼が殺到しているそうだから、記事も小泉さんの人気に、あやかって話題にして売るということだろう。

 ぼくが20代の頃の選挙区は、東京3区だった。共産党の戦後第一号の書記長が、徳田球一さん(1894年生。1953年、北京で病死)その演説は、声が大きく、ど迫力だった。

 近所の代沢小学校には講堂はなく、教室を3つぶちぬいたところが演説会場だったが、聴衆があふれんばかりで、すごい熱気だった。

 社会党は鈴木茂三郎、自民党は世田谷学園と駒沢大学の先輩の広川弘禅さん。幹事長と確か農林大臣にもなられた方だ。

 三宿の自宅の前には、黒ぬりの車が並んでいて、その権力もすごかった。交通違反をすると秘書を知っていたので、なんとかとお願いすると、助けてくれたいい時代だった。

 政治家って一寸先は闇というけれど、親分がこけると、同じようにただの人になってしまう。あの迫力があった広川さんと同じ人間とは思えない。落選してからの広川さんと出会ったことがあったが、目もしょぼんとして、からだまで小さくなっていた。

 先日、世田谷学園から駒大への後輩の都会議員の都政報告会があったので出席した。区議を長いこと務め、都議になった人だが、まじめさが信頼されているのか、多くの票を得ている。

 100人ほどの人が集まったが、地元の人ばかりで知っている人は誰ひとりいない。都税報告といっても、都議会で10分間だけ質問を許されたそうで、その模様を映像で見せてくれたが、ただ原稿を棒読みしているだけ。議員がみんな聞いていたのだろうか。

 衆議院議員が、お二人、応援にかけつけてきたが、話は面白くない。どうして政治家がみんな小粒になってしまったのだろうか。

 徳田球一、鈴木茂三郎、広川弘禅の三人が争っていた、東京三区の時代がなつかしい。

 自民党からは三人が都議に立候補するようだが、流れは大きく自民党に向いているので三人とも当選するだろうが、それにしても民主党はかすんでしまった。野田さんはどうしているのだろうか。自民党を応援するしかないというのも、いいのか、悪いのか。

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44年前の「週刊現代」の表紙と見比べてほしい!

第19回「伊藤文学と語る会」

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5月25日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
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2013年5月 6日 (月)

『薔薇族』は少年愛ものが多かった!

『薔薇族』以外の同性愛誌では、少年愛の読物を載せていない。ところが『薔薇族』No・190・1988年発行の11月号を見るだけでも、ドキュメント「ある少年愛者の最後―美神を巡り歩いたテオクリトス」と題する藤沢慎二さんという方が書いたもの、「少年愛日誌・桃色世界」これは6人の少年愛者の投稿を載せている。

 稲垣征次君の連載物「少年愛花物語」は、10月で「菊」をテーマにしたもの、「少年の部屋」もあり、何人もの少年の投稿を載せているが、この号から投稿者への手紙の回送は中止している。どうしてもトラブルが起きてしまうからだ。

『薔薇族』のスタッフからも少年愛ものを載せるなという声があるが、ぼくの考えで載せ続けていた。少年愛ものを誌上から、締め出してしまったら、少年愛者が発散するものがなくなってしまうからという理由でだ。

「少年愛日誌・桃色世界」に投稿している、愛媛県・三郎・46歳の読者、この方、昨日ろれつのまわらない口調で電話をしばらくぶりにかけてきた、元校長先生だ。

 現在は83歳だから、年齢をかなりサバ読んでいる。すでに子供さんたちは独立して家を出ていて、奥さんと二人住まい。脳梗塞で倒れられて、リハビリをして歩けるようにはなっているが、奥さんなしでは生きていけない。

 小学校の校長にまでなられた方で、山の分校に単身赴任していたときが、一番子供に触れられて楽しい時代だったようだ。

「K君は今、中学2年生。小学校6年のころ知り合い、以来ずっと仲良く愛し合ってきた。と言っても、ただ私が可愛がり、彼にとっての私はやさしいおじさんという感じでなついてくれる。というだけのおつきあい。

 キスもセックスも、もちろん何もなし。もう少し成長したらと、楽しみにしていたのだ。

 いつも勉強をしにきて、夜おそくまで遊んで帰ったりしていた。親も相手がきちんとした町の名士(?)だから、ということで安心しきっているようだ。私はこの町の指導的立場にある職業で単身赴任。

 中1の終わりごろからは、ときに泊まっていくようにもなった。ただ抱き合って寝るだけ。それでも少年の匂いって、とてもいいものだ。

 ところがK君、好きな人ができたのだ。近くの幼稚園の保母さん。23歳くらいだろうか、短大を出て3年目とか。

 K君にとっては単なる憧れではある。けれどもすっかり思いこんで、私のところへ来ても、そのS先生のことばかり言うのだ。まあ心の中を全て私に打ちあけるのだから、私のことを信用している証拠ではあるが、私としては面白くないのだ。

 ただ少年の面倒見ている、親のような愛情をそそいでいる、それだけではないのだ。はっきりと少年愛の対象として、恋人として可愛がってきたんだから、やがてキスもしよう、センズリを教えようという望みがあったのに。

 ああ、おそかった。中2にもなったら、しておけばよかった。泊まってくれるのだから、抱きしめて唇をうばって、チンポ握って、××しておけばよかった。残念でたまらない。

 K君は何のきっかけか、このごろS先生のところへ遊びに行くようになったらしい。私のところへは、めったに来なくなった。

 げに少年愛は哀し……。」

 83歳になってしまった、元校長先生、ぼくのところへ電話するしかないので、奥さんが留守だとかけてくる。

 昨日の電話では、男の話ができる友人がほしいと言う。ネットはぼくと同じで触れない。今頃になって、少年に悪いことしたなと、思うようになったと言う。ちょっとおそかった。

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いい時代に作ったテレホンカード

第19回「伊藤文学と語る会」

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5月25日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

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2013年5月 4日 (土)

若者よ 勉強よりも恋をしろ!

 ネットや携帯電話が、広く普及してしまって、誰もがすべての情報を簡単に知ることができる便利な世の中になってしまった。

 ネットも触れない、携帯電話も持っていない、世の中にとり残されているぼくのような人間には、今の若者は自分が女性に目が向かず、男の方に目が行ってしまうと気づいたとき、どんな行動をとるのかが気になる。

 まだ、ネットや携帯電話が普及していない頃の10代の少年がどんなことを考えていたのか、知っておいてもいいのではなかろうか。

 愛知県の「悲しい少年・16歳」からの投稿だ。

「去年から好きだったD・T君とまた同じクラスになって、たまたま席がとなりになり、仲良くなれたので、春からずっと楽しい毎日だった。放課後も夏休みも一緒に勉強できたので、受験勉強もぜんぜん苦にならなかった。でもD・T君は僕と違っていた。D・T君の家に泊まると、僕はいつもドキドキして眠れないけど、アイツはグーグーいびきをかいてねていた。

 そして来る時がきた。D・T君が2年生の人気ナンバーワンの女子に告白して、OKされたのだ。僕は喜んであげなきゃと思って「よかったね」と笑いながらも、実はすごく悲しいような気持ちだった。

 アイツにかわいい彼女ができたのがくやしいのか、友だちを女にとられて、ヤキモチやいているのか、自分の気持ちがよく分からなかった。

 それまでケンカなんかしたことがなかったのに、D・T君がいつも女のことの相談ばかりするようになって、それがなんだかむかついてきて、僕も冷たい態度をとるようになってしまった。

 最近、D・T君とほとんど口をきかなくなって、やっぱりアイツが好きだったんだと気づいた。こんな悲しい初恋ってありなのかな。アイツみたいにうまくいく人もいるのに、僕はどうして失恋したのだろう。

 男を好きになってつらいことだと思う。やっぱりホモの人を好きになればよかったのか。」

 かわいいヤキモチと思うけれど、ホモの男を好きになっても、同じような失恋や、シットは生まれる。恋ってそういうものなんだろうか。

 愛知県の「ペンフレンド・16歳」は、こんな悩みを投稿している。

「僕が今、悩んでいること、それは自分が男に興味があるということで、もし、親にバレたりしたらどうなるかとか、結婚についても子供はほしい、でも結婚できないと思うし、自分は年下のほうが好きだけど、同学年以外の子と知り合う機会もないし、でも付き合いたいと、考えるときりがないくらいです。

 ぼくはカミングアウトなどできそうもない。友だちとは女の話ばかりしています。でも学校の友だちに話せないことも話せるような友だちがほしい。この雑誌を通じて、そんな人と知り合えればいいなと思っています。」

 今はネットですぐに話し合える友だちが見つかるのだろうか。そうであればいいのだけど。

 2013年4月3日(水)の毎日新聞にこんな記事が載っていた。「若者の性行動・全体的に不活発」と題する11年・12年の性教育協会の調査発表だ。

 性交経験率は、男子大学生の場合、74年から93年にかけ、23%から57%へ増加。以降は63%程度で停滞していたが、今回は前回より7ポイント減り、54%女子学生はほぼ同様の傾向だという。

 性や恋愛より、学業を優先する傾向が強くなってきているという背景があるからか。

 最近、緑道を恋人でなく犬を連れて散歩している若者が目につく。これも異常なことではないか。

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100年以上前のパリのお店のカード

第19回「伊藤文学と語る会」

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5月25日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

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2013年5月 1日 (水)

第19回「伊藤文学と語る会」

来る5月25日(土)、下北沢のカフエ「占茶」にて、第19回「伊藤文学と語る会」を開催致します。

日時・5月25日(土)午後12時~14時(時間変更ご注意)
場所・下北沢一番街、カフエ「占茶」
会費・各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階
電話・03ー3485ー8978

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