« ゆっくりと時が流れていた時代 | トップページ | 第20回「伊藤文学と語る会」 »

2013年5月27日 (月)

国士舘大学のカフエとバーに行きたい!

 「伊藤文学と語る会」は、「邪宗門」から始まって、「つゆ艸」に変わり、4月から下北沢駅から3分のカフエ「占茶」(せんちゃ)に場所を変えた。

 今度は2階なので外から見られることはない。それに貸切りにしてくれて、入ってくるお客さんを断ってくれる。

 落ちついたお店で、声も反響しないので、耳の遠くなったぼくにもよく聞こえる。20日の会には、千葉からオシャレな若い女性が出席してくれ、10数名の参加で、にぎやかな会になった。

 帰りには居酒屋の「大庄水産」で夕食を食べ、話はつきなかった。

「占茶」に国士舘大学の学生に頼まれて置いてある、国士舘広報課発行の『ウゴパン』という、シャレた雑誌をもらってきて読んでみた。

 以前にも、もらって読んで心に残る記事があったので、ブログで紹介しようと思い、広報課に電話したら、転載を断られてしまった。悪口を書こうと思ったのではなく、あまりにもよくできている雑誌なので、ほめて書こうと思ったのだが。

『ウゴパン』って、「動いてパンセ(仏語のPANSER=考える)の略」だそうで、誌名からしてかつての国士舘大学のイメージではない。

『薔薇族』を創刊して数年経った頃だから、昭和50年代のことだ。

 どういうツテでモデルになってもらったのか忘れてしまったが、応援団の国士舘大学生を使ったことがあった。

 どうもその頃の国士舘大学のイメージが残っていて申しわけないが、いつの間にか『ウゴパン』と同じように、あか抜けした大学に変身してしまっていた。

 モデルになってくれた、応援団の学生は、見るからにおっかなくて、今にも暴れ出しそうな風貌で読者好みの男だった。

 学生の部屋を斡旋する不動産屋も、国士舘生だというと、断ったという話を聞いたことがある。

 ガラの悪い友だちを連れてきて、ドンチャン騒ぎをするのを恐れたからだろう。その時代、どこの大学でも応援団員が暴力さわぎを起こして、解散させられたこともあった。

 ぼくの息子の子供、女の子は国士舘中学から高校を出て、今年、日大の法学部に入学した。学園祭にも何度か行ったことがああり、校舎の設計をブログでほめたこともある。

 曲線を多用し、色彩も多く使っていて、心がなごむ校舎だったからだ。大学の校舎も立派になり、体育館も新設された。裏表紙の広告は、ホテルのレストランか、バーかと思ったら、校舎の最上階にある、カフエとバーの広告だった。

 うれしいことに、「国士舘大学のスカイラウンジは、どなたでも利用できます。」とあるではないか。

「360度見渡せるダイナミックな夜景」とあっては、行かずにはいられない。日曜は休みだが、値段も安いのでびっくり。小田急線「梅ヶ丘駅」から徒歩10分。世田谷線「松陰神社前」から徒歩5分のところだ。

 この雑誌を見る限りでも、国士舘大学は、進化していることは間違いない。活気を感じる大学だ。

 さて、母校、駒沢大学はというと、まったく元気がなく沈滞ムードだ。受験生もへってしまっているようだ。

 国文科の同窓会も長い間続いたのに、卒業生に通知する費用が、学校からの援助がなくなり、連絡できずに廃止になってしまった。

 数年前に何やら分からないものに投資して、何十億も損してしまったのが、尾を引いているようだ。

 国文科の大学院生も、ひとりもいないとは。広報課に有能な人材を入れて、まきかえさなければ、落ちこむばかりだ。頑張れ! 母校、駒沢大学!

178a

178b

|

« ゆっくりと時が流れていた時代 | トップページ | 第20回「伊藤文学と語る会」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101967/57322664

この記事へのトラックバック一覧です: 国士舘大学のカフエとバーに行きたい!:

« ゆっくりと時が流れていた時代 | トップページ | 第20回「伊藤文学と語る会」 »