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2013年5月25日 (土)

ゆっくりと時が流れていた時代

 38年も前の1975年8月号の『薔薇族』、まだ広告も入れていない頃だ。その頃から、読者の投稿頁「人生薔薇模様」があり、多くの読者からの投稿が載っている。

 ネットのメールなんてなかった時代、原稿用紙や、びんせんに長々と書かれた投稿が多かった。

 ぼくはこんなことを書いている。

「ぼくは「人生薔薇模様」への投稿を読むときが一番楽しい。グチっている人、ボヤいている人、自慢している人、自分の体験を語る人、いろんな悩みや、いろんな人生が語られているのです。こんな素晴らしい欄は、どの雑誌にもないものです。また、どの雑誌もマネができないでしょう。

 6月号のこの欄に飯塚市の18歳の少年の投稿「ぼくの気持ちをどう伝えたら」が載っている。

「ぼくは見たんだ。本屋さんで『薔薇族』を買おうか迷っていたら、その人、ぼくのそばにきて『薔薇族』を手にとり、表紙を見てレジの方に行ったんだ。

 上下のジーンズで揃え、サングラスをかけ、ちょっと素敵だったんだ。それで後を追ったら、ラーメン屋の裏口から入って行った。

 街で二度ほど兄貴を見たんだ。兄貴のことを思うと、胸が……。どのようにぼくの気持ちを伝えたらいいのかな。

 そんなかわいい文章がのったのを記憶されている読者も多いでしょう。そうしたら、その兄貴から感激の手紙がとどいたのです。

「なんだか周囲が薔薇色に輝いて見えて、人と人との縁の不思議さを考えさせられております。」って……。

 ぼくまで、ほほえましくなっちゃって、胸がドキドキしてくるみたい。一日も早く、この雑誌を作って、本屋さんに送りたい。梅雨のうっとうしさも、ふっとんでしまうぐらい、うれしくなってしまいました。」

 ネットのメールで相手に即座に届いてしまう時代と違って、時間がゆっくりと流れていた時代、いい時に雑誌を出し続けることができて、幸せだったと思う。

 同じ号の「人生薔薇模様」の欄に、16歳の高校二年生の投稿が載っている。

「まだ男性の本当の素晴らしさを知ることもなく、とまどいがちに、男性への憧れを抱いて、足をふみ入れている男の子です。

 ぼくは物心ついたときには、もうすでに男性が好きでした。みなさんは覚えているでしょうか。歌手の梶光夫を……。(古い話だな。確か女性向けのアクセサリーのデザインを考えて製作、それを販売して成功し、豪邸に住んでいるのをテレビで何年か前に見たけれど)

 今思うと、幼心に彼をいじらしいほど好きだったことを覚えています。記憶をたぐりよせれば、多分、彼が一番最初に好きになり、それ以来、今も消えずに残っています。

 ぼくがホモについての書物があることを知ったのは、中学二年のときでした。本屋で南定四郎先生(『薔薇族』の初期の頃、小説やエッセイを寄せてくれていて、のちに『アドン』を発行し、編集長になった人。ぼくと同年齢ぐらいと思うけれど、現在は沖縄に住んでいると噂話に聞いたことがある。)の『ホモロジー入門』(第二書房刊)を見つけ、内容を見たときの震えは、きっと忘れることはないでしょう。

 顔から火の吹くような恥ずかしさを感じながらも、よくその本を買えたということは、言葉に表せないくらいの驚きでした。

 それ以来、ますます感情は燃えあがってきました。」

 広島県の少年だけど、その後、どんな人生を送っただろうか。『薔薇族』で育った少年たち、みんな幸せになっただろうか。

 ゆっくりと時が流れていた時代が、なつかしい。

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