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2013年6月 1日 (土)

少年愛ゆえに、4年間も刑務所暮らし

 ゲイ雑誌の『薔薇族』は、国内ではいろんなメディアが紹介してくれたので、知名度はかなり広がっていた。

 海外でもゲイの人たちが読む雑誌や、ガイドブックなどにも載るようになって、英文の手紙が続々と舞いこむようになってきた。

 英語はまったく駄目なぼくと、相棒の藤田竜君も、これにはどうにもならず、考えた末に読者で英語の堪能な人をアルバイトで募集することにした。

 とにかく読者には、ありとあらゆる職業の人がいるから、困ったことがあり、「編集後期」で訴えると、すぐさま教えてくれる人がいて助かったものだ。

 1977年の6月号にのった記事にこんなことが書かれている。なんとアメリカの刑務所で、4年間も服役中の男性からの手紙だ。すでに何かを訴えてきた手紙に、ぼくが手紙を出していて、その返事のようだ。

「伊藤文學さま。あなたの手紙を受けとりました。

 12歳、13歳、14歳の若い少年たちと関係をもちまして、面倒なことがおきました。彼らと楽しみ、私が彼らから受けた楽しみのためにお金をやりました。彼らのひとりが父親にみつかって、その父親が警察を呼びました。

 そんなわけで私は刑務所にほうりこまれたのです。

 私の家のとなりに日本人の家族が住んでいます。不思議なことに、となりの少年の父親と、私が同じ年で、同じ考えをもっているのです。

 私たちは約三年間、一緒に楽しみ、愛し合いました。私は本当に彼を愛したのです。

 1967年に彼は車の事故で亡くなりました。そして、そのとき私は、そのことから日本人の少年のもつ何かを得たのです。(日本人の父親も少年愛者で、その息子の少年を愛していたということだろうか)

 私も日本へ行きたい。そして本当に日本を見てみたい。日本に住む住まないは別として、私自身で何かをみつけてみたいのです。

 しかし、私はお金がないので、そうすることはできないと思います。そして、私はまったく日本語を読むことができません。それに日本語をできる人を知りません。読んだり書いたり、話したりする方法を私に教えてくださったら、ありがたいのですが、本当にそうなったらうれしい。日本語で書かれた辞書と送料も。

 私は30歳で、4年間、刑務所に入っています。そしてもっとしなければいけないことが分かりました。日本に行くことが私の生涯の夢です。

 もしホモの囚人に手紙をくれる日本人の少年を知っていたら教えてください。私はここでの仕事はシャワールームを掃除することと、洋服を整理することです。(コロラド州 ジミー・ダンカン)」

 36年も前のことなのに、アメリカではすでに少年・少女に対する犯罪は、きびしかったようだ。今ではもっと、きびしくなっているのでは。

 フランスのパリに住む、お金持ちで文通欄を使って、多くの日本人の若者をやとっていた人がいて、来日した折に会って話を聞いたことがあった。

 日本人の若者は、中国、韓国の若者と違って、高貴な雰囲気を持っていると、そのフランス人は言っていたが、今の若者はどこの国でも同じようになってしまっている。

 この服役中のアメリカ人も、日本人の少年に、アメリカの少年と違った、何かを感じていたのでは。そうでなければ、日本に興味をもち日本に行ってみたいなんて気持ちにはならないだろうから……。夢は果たせたのだろうか。

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コメント

学生の頃、一人で思い悩んでいる時この本に古本屋で出合い、自分だけじゃないんだと、勇気を貰いました。それを発行されてる方がノンケの方と後で知り驚きましたが、自分で選んでこうなったんじゃない自分達に大変優しくして頂いて、今でも感謝しています。

投稿: がっちん | 2013年6月 4日 (火) 22時08分

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