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2013年7月15日 (月)

投げ込み寺の住職から聞いた悲惨な話

 地下鉄「三輪駅」のすぐ近くの「浄閑寺」は、徳川時代からの吉原遊郭の娼妓の亡骸を葬った寺だ。そこの住職から『ときの声』の著者、吉屋信子さんは、悲惨な話を聞き出している。

 住職も亡くなられていると思うので、この話はどうしても残しておきたいものだ。

「遊女は外へ自由に出ることかなわず、主人のきびしい監視下に全く自由は束縛されていた。しかし自由は拘束され、主人や客から商品視されながらも、太夫とか全盛の遊女たちは、絢爛豪華な生活を送っていた。ただし、これは特殊な例であり、大半はみじめな毎日を過ごしていたのである。

 遊女が死ぬと、その亡骸は三輪浄閑寺で無縁仏として葬るのが普通であった。そのため浄閑寺には(投げ込み寺)の異名があったが、そこの過去帳を見ると二十代で死亡した遊女が非常に多い。二十代の若さで病死した遊女たちが多かったというのは、その生活が悲惨であったことを物語っている。満足できぬ粗食で酷使されていたからこそ、若くして病没の傾向がみられた。

「なにしろ地震も火事も娼妓の逃亡をふせぐために大門の木戸を閉めてとじ込めたのでしたから」

 私刑類纂(るいさん・宮武骸骨編)のなかに、遊女二人が腰巻ひとつの裸体で髪をふりみだし、後手になわでしばり上げられて、天井のはりに釣り上げられ、やりてばばあの長きせるの折檻を受ける凄惨な絵図がある。

 それを裏書するのが(世事見聞録)の一説――(遊女出奔せんと欲して窓を破り、屋根を伝い土壕をもぐり、堤を越え、堀をわたりなどするとて、訳もなく引き戻され、このときの仕置きは別して強勢なることにて)で想像してただ慄然。

「病気をしても回復の見込みが薄く、もう商売に使えぬとなると、そりゃひどいもので、薬どころか食事もやらんで、なかにはまだ息のあるうちに寺へ投げ込みに運んだ話もありますからな。

 昔は安女郎は米だわらに包んで投げ込んだといいますが、私の子供のころは、粗末なたるのような棺に入れられて、夜になるとそっと運ばれてきたものです。昼のうちに寺男が掘っておいた穴へ埋めて、土をかぶせるだけの土まんじゅうがあちこちにできましてね。
 あとで骨になったのをあちこち寺で掘り出して、無縁仏の供養塔の下に集めて経をあげたものです。

 ここの墓地に(新吉原総霊塔)を建立。その下に無縁仏の娼妓の遺骨が約二万五千葬ってあります。」

 ぼくの祖父、伊藤富士雄が、吉原の娼妓の生活と、刑務所に収容されている囚人たちと比較していたが、囚人たちは衣服は支給され、粗末とはいっても三度の食事も与えられ、夜は決まった時間にねることができる。

 それに比べたら娼妓たちの生活は悲惨と言わずにはいられない。囚人たちは病気になれば治療を受けられるが、娼妓たちはそれも許されない。

 新吉原の初期の遊女の揚代は上級太夫格が銀で七十四匁(一両は銀六十三匁、金四分)だから一両一分は消費する。その金額は当時の米価二石一斗に当る。等級下った遊女も金一分であった。

 業者はもうかったが、その生きた商品の女を仕入れる身代金は、年季十年間、極上が百両の相場で、多くはそれ以下に値切られ、女どれいはいっさいの人権をはくだつされる。その金額の大半は斡旋人の手数料と抱主の支度金にとられて、娘を売った親元へ入る金はごく僅かだったとは。

 なんとも哀れな話ではないか。

第21回「伊藤文学と語る会」

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7月27日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600

初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

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コメント

編集長、でもそれいったら今のウリセンも同じなんですよw
現に内藤新宿の投げ込み寺「成覚寺」は新宿二丁目のど真ん中じゃないですか。

二十代で亡くなった一番の理由は栄養不足ではなくて梅毒でした。梅毒で脱毛する様子がヒナみたいだから、「鳥屋(とや)につく」といって、よりにもよってやっと(女郎として)一人前とみなされたみたいです。梅毒は末期に至るまで長時間かかるので、その間客をとりながら徐々に衰弱していったものと思われます。

今でこそ、ウリセンなどは検査もしているようですが、いっぽうハッテン場は性病の温床ですよ。

投稿: 江戸研究家 | 2017年9月28日 (木) 04時40分

はじめまして。突然のコメント。失礼しました。

投稿: フェラガモ アウトレット | 2013年7月28日 (日) 03時18分

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