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2013年8月 5日 (月)

紳士的だったアメリカ兵?

 間もなく8月15日の終戦記念日がやってくる。昭和20年(1945年)のことだから、68年も前のことだ。

 ぼくが中学2年生、13歳のときだから、太平洋戦争のときのことを記憶している人は少なくなってきているからこそ、若い人たちに戦後の状況を知っておいてもらいたい。

 進駐軍の若い兵隊たちに、日本の女性たちが強姦されてしまうのではないかと、まず心配された。

「戦争終結の天皇陛下のお言葉が出ると間もなく、町を浴衣がけで歩く女性もちらほらみえだした。と、涙にくれる軍部から、直ちにきついお達しがでたのである。曰く「脱ぐな心の防空服」——と。

 防空服装は灯火管制以上に重要であり、特に婦女子の場合は慎重に考えなければならぬ。

 戦後われわれが遭遇するであろう社会相は実に深刻なのだ。やがて敵兵が上陸して、現実に街頭でわれわれと相見えるということを考えれば、婦女子の服装はいかにすべきかは明らかだ。しっかりした剛健な服装は持続されなければならない。

 続いて「外国兵近づくとも毅然、冷静に扱え」という警保局の注意事項には次のようなのが並んでいる。

1・特に婦女子は日本婦人として、自覚をもって、外国軍人に隙を見せるようなことはいけない。

1・婦女子は淫らな服装をせぬこと。また人前で胸をあらわしたりすることは禁物である。

1・外国軍人が「ハロー」とか、「ヘイ」とか、あるいは片言まじりの日本語で呼びかけても、婦女子は相手にならず、さくること。

 連合軍が東京に進駐してきたのは、9月8日であったが、その前、二、三日というものは、新聞という新聞は筆をそろえて、「大和撫子」の身をあれこれと心配している。

 婦女子は外国兵と接触しないよう注意すること。ケバケバしい服装はさけ、できるだけ地味なみだしなみと、しっかりした行動を堅持すること。また女子の一人歩きや、夜間外出は禁物、昼間でも家を空けるときや、婦女子のみの留守番の場合は特に厳重にすること。

 米国兵の習慣として、その土地土地の品物を記念品として持ち帰るため、種々の物品を好奇心から強奪することがあるから注意すること。時計やその他の貴重品はしまっておくこと。

 まだある。アメリカの風俗紹介のうちに、「誤解招く娘の笑顔、粋な素足も挑発的」という記事であるが、そこでは

1・ウインクされても、男の前で笑う女は万事御意のままという意思表示になる。

1・顔を赤くしたり、ドギマギしてはいけない。どこ吹く風とうけ流すがよい。

 というぐあいに書いてある。五年後の今日、このことを聞いて「伝説のようになつかしいわ」と言った女性がいたので、あえて「昭和の伝説」としてとりあげてみた。」

 進駐軍が日本に上陸してきて、こんなに心配し注意していた結果はどうなったのだろうか。

 わが家の近所にも通訳をしていた夫婦が住んでいたので、アメリカ兵がジープに乗って数人で訪ねてきていたが、子供たちにはガムやチョコレートをくれた。

 野蛮なけだもののような兵隊は、ごく一部の人たちで、大多数の兵隊たちは紳士的だったのではなかろうか。女性には親切だったのでは。

 

 とにかく貧しかったから、食べるために女性の方から、アメリカ兵に接近していったのではなかろうか。いつの世でも女性はたくましいものだ。

198
ギブ・ミー・チョコレート
毎日ムック『戦後50年』より

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