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2013年9月21日 (土)

公衆トイレの壁面はゲイの告知板!

 1969年(昭和44年)という年に、全国の大学は紛争に明け暮れていた。米宇宙船アポロ11号が月面に着陸した年でもあった。

 1966年(昭和41年)には、わが第二書房が今までの刊行物から、まったく方向転換した。秋山正美著『ひとりぼっちの性生活』のシリーズ。それがきっかけとなって、『レスビアンテクニック』『ホモテクニック』と同性愛物の出版に移っていった。

 農上輝樹さんという方が、持ち込んできた原稿で、この手の出版の最初になった『薔薇の告白=女を愛さない男たち』は、忘れられない出版物だ。

 ご自分がモデルになってカバーを飾った。それを撮影したのは、19歳の女性カメラマンだった。

 小さい出版社が生きのこるには、エロ本しかないと、ぼくは考えて、『ナイト・ブックス』と名付け、新書判で日に一冊ずつ出し続けた。なんと60冊にもなった。

 ゲイの人が読む『薔薇の告白』の後ろのページに、女好きの人に読ませる『ナイト・ブックス』の広告を載せていたのだから、その頃のぼくはまだゲイの人たちのことを理解していなかった。

 昭和46年(1971年)の3月には、『続・薔薇の告白』も出していて、これも装幀はぼく自身が手がけている。

 このゲイの農上輝樹さんをキャバレエに接待したら、途中でトイレに行くと席を立ったまま戻ってこなかった。こんな失敗も、そのうちしなくはなったが。

『続・薔薇の告白』の中に、「落書ホモの生態」という章がある。当時のゲイの人たちにとって、トレイの壁面が告知版の役目を果たしていたので、それぞれの思いをぶちまけている。それを農上さんは集めてきたのだ。

「学校のH・R君

 きみのファロスをなめたい

 ういういしいきみの顔をみるたびに

 わしの胸は熱い欲情でうずく

 わしは今日もここで自らを汚す

 なんて形の良い尻なんだ

 汝の幻影に向かい

 汝の名を呻きながら

 わしは今日も自らを汚す (拓殖大学トイレ)

 われを過ぎて憂愁の都へ

 われを過ぎて永劫の憂苦へ

 われを過ぎて亡滅の民の中へ

 いっさいの望みを捨てよ

 汝らここに入る者 (地獄の門)

 おれはこの章句を『薔薇』という雑誌の中で知った。ホモの絶望と孤独の心情を、これほどまでに言い当てている言葉を知らない。恐ろしいほどだ。 (都電権田原通りの公衆トイレ)

 全学の学友諸君 ひよるなよォ 屁をひるなよォ 臭えぞォ

 学友よ 革マル同盟へ来れ(そのとなりに)カクマスもドーゾ! (早稲田大学トイレ)

 ああ、この暗く果てしない空よ! ここまで耐えて生きてきた。ただ耐えて、耐えて耐えるばかりの人生だった。どうせここまで耐えて生きてきたんなら、あともう少し生きよう。死なないでもう少し耐えるだけの生き方だったけど、どうせいままで耐えてきたなら、あともう少し生きよう。恥にも、怒りにも、恐れにも、耐えて。

 農上輝樹さん、大学の図書館に勤めているらしいと聞いたことがあったけれど、頭のいいナゾのオジさんだった。『薔薇族』の大きな功労者だったことは間違いない。

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伊藤文学が自らデザインしたカバア

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