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2013年11月 4日 (月)

昭和の時代、父親はこわかった!

 貧しかったけれど、みんな瞳は輝いて、希望を持って夢に満ちあふれていた昭和の時代。もう一度、ふりかえってもらいたいと、48年も前に出版した、妹、紀子との共著、『ぼくどうして涙がでるの』を復刻することにした。
 昭和の時代って、どんな時代だったのか? 書棚の中から、こんな本を見つけ出した。
『昭和こども図鑑・20年代、30年代、40年代の昭和こども誌』文・奥成達 絵・ながたはるみ ポプラ社刊 定価本体1600円 2001年7月に刊行され、8月には2刷りが出されている。
 なんとぼくは興味があって、この本を買ったのだが、一度も読まずに書棚に入れっぱなしだった。
 ぼくの子供時代の生活が、子供たちの遊びがすべて描かれているではないか。「まえがき」には、こんなことが書かれている。
「昔のこどもに目覚まし時計なんか必要なかった。毎朝きまって聞こえてる牛乳屋さんのカタカタという自転車の音、いそぎ足の新聞配達の少年の足音。こんな朝の音たちを聞きながらウツラウツラと、少しずつ目を覚ましていくのだ。」
 昔の家は、サッシなんていう窓ガラスで密閉されていない、隙間だらけの窓ガラスだったから、外の物音がよく聞こえた。
「ナットウ、ナットウ」と叫びながら、納豆を売り歩く少年やおばさんの声も部屋の仲間でよく聞こえた。
 新聞配達の少年がポストに投げ入れるときに「キュッ、キュッ」と音をさせていたといっても、今どきの人にわかるわけがない。
 この時代、父親は絶対的な権力を持っていて、食事をするときにも、座る場所が決まっていた。
 明治生まれの親父が、ほとんどだったろうが、親父の言うことには、さからえなかった。
 ぼくの親父は、母が肺炎で入院していても一度も見舞いに行かなかったし、妹が心臓病棟に長いこと入院していても、見舞いに行かなかった。
 手術の承諾書に印鑑を押さなかったなんてどういうつもりだったのか。日活映画『ぼくどうして涙がでるの』の中では、父親は小さいときに亡くなっていないことにしてしまった。
 それにしても十朱幸代さんや、佐藤英夫さんの写真を使うにしても、日活の本社に版権を扱う係がいて、そこで使用料を払って使わせてもらわなければならない。
 昭和の時代には、映画のスチール写真を使っても誰にも文句は言われなかった。内藤ルネさんのイラストを使うにしても、使用料を払わなければならない。
 今の時代、版権とか、いろいろとうるさくなって、すべて承諾してもらうには、使用料を払わなければならない。当たり前のことだけど、ぼくなどは本を出すのに、著者と契約書なんて一度も書いたことがなくて、終わってしまった。なんとも窮屈な世の中になってしまった。
 奥成さんの「まえがき」には、こんなことも書いてある。
「トントントン」「トントントン」母親がまな板で朝食を作る音がする。
 味噌汁の大根を刻む包丁の音だ。
 一昔前の母親の姿といえば、いつでも夜なべしている、少し前かがみの後ろ姿であった。母親が針仕事をしている気配の隣の部屋でうっすらと感じながら、子どもたちはウツラウツラと今度は少しずつ眠りに入っていく。」
 今度こそ、この本を読んでみよう。今の若い人にも、昭和の時代の空気を吸ってもらいたいものだ。

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第25回「伊藤文学と語る会」
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11月30日(土)午後12時~14時 ※途中参加・中途退出自由。
会場:下北沢一番街、カフエ「占茶」
住所:世田谷区北沢2ー34ー11 リアンビル2階 電話・03ー3485ー8978
会費:各自が飲食した分だけ。コーヒー¥380、ハヤシライス¥600
初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。
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コメント

伊藤さんお元気かな?と携帯で「伊藤文学」と検索したらこのブログを知りました。伊藤さんの昭和の文章が嬉しくて元気が出ました。ご無沙汰しておりますm(._.)m30年前の薔薇族カメラマン津田広樹です。5年前にお会いしてから未だに単身介護生活ですが、頑張っています。私は伊藤さんお母様が大好きでした。袋に貯めた社会鍋への硬貨をお渡しする年の瀬の笑顔が忘れられなくて、今でも渋谷で社会鍋にお金を入れる時に日本一可愛らしいおばあちゃんと感じていた料理上手で何時も気遣って下さった優しい伊藤さんのお母様を思い出します。昭和のお母さんもお婆ちゃんも白い割烹着でしたよね。(^.^)

投稿: 津田広樹 | 2013年11月 8日 (金) 03時47分

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