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2013年12月 2日 (月)

阿川佐和子さんの推薦文に泣かされた!

 昭和48年(1973年)12月20日、妹の紀子が二度目の心臓手術をして、30時間後に32歳で亡くなってから、40年の歳月が流れている。
 
 このぼくの詩は、東京の12チャンネル(現在のテレビ東京)の川口浩さんが司会をしていた「13時ショウ」に出演したときに、紀子の思い出を語り、そのとき朗読した詩だ。
 
 もうなんにも言わなくとも
 
 よっぱらいの亭主にぶんなぐられて、お岩さんのように顔をはらして、実家に帰ってくるお前。
 そんなお前を子供のために帰るんだと、いくどとなく叱りつけて帰したぼく。
 お金がなくて、朝からなんにも食べていないというお前、ごはんを食べさせ、こづかいを持たせて、そっと帰したこともたびたびだった。
 
 心臓が悪いお前だから、本当は嫁なんかにやりたくはなかったんだ。
 なんにもしなくてもいいから、家にぶらぶらさせておいておきたかった。
 
 一度目の手術のあとで、あと10年しか、生きられないと、医師に言われたお前。ましてや結婚など、とんでもないと医師に言われたのに、お前は恋をして、さっさと結婚してしまった。
 
 そして二人の男の子まで産んだ。
 
 11年めに2度目の心臓の弁をとりかえる手術をして、30時間生きていて、とうとう意識はもどらなかった。
 
 あくる日、病室にお前の荷物をとりに行って、残された日記を読んだ。
 あけても、暮れても、注射ぜめで、動かない腕で、よくぞ日記を書き続けたものだ。
 
 しょうがない亭主だと思っていたら、お前の日記には、パパに逢いたい、早くパパのところに帰りたいと。
 
 夫婦っていいものなんだ。まして命をかけて産んだ二人の男の子だ。純や響のために、殺されたって死ぬものか、ぜったいに、ぜったいに生きてみせる。お前はそう書いている。
 お前の命は短かったけれど、女としてもお前はしあわせだった。立派だった。
 
 心臓の悪いお前が、結婚し、二人の子供を育て、生き続けたということは、同じ病に苦しむ多くの人々の生きる灯になった。
 
 でも、もういい。きっと心臓も楽になったことだろう。安らかにねむるんだ。
 
 今日はお前の自慢の息子、純の8歳の誕生日だ。
 
 バースデーケーキにともされた、8本のローソクの火をうつす、純の輝く元気な瞳を見てやっておくれ。
 もう、なんにも言わなくてもいい。
 安らかにねむるんだ。
 
 川口浩さん、TV局の玄関まで、ぼくを送ってくれたことを覚えている。妹は2人の幼い男の子、二人を残して死んでいくことが、一番気がかりだったのだろう。
 
 2度目の入院のときは、『薔薇族』を創刊した後だったので、亭主にまかせて、あまり忙しくて病室に行かれなかった。
 
 純は高校の教師になっているが、響は行方しれずだ。亭主のことはあまり語りたくはない。復刻してくれた出版社に損をさせられない。ぜひ、本を買ってもらいたいものだ。
 
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幼子、2人の息子を残して死んだ、妹の紀子

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コメント

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投稿: ugg | 2013年12月13日 (金) 14時12分

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