悪口言われて、うれしいなんて!
『薔薇族』No・110・82年3月号。
今から32年も前のことだ。タモリの「笑っていいとも」が、テレビに登場し、下北沢駅前に「本多劇場」がオープンしている。
日本が元気だった頃で、ゲイ界も大きく変わってきて、新宿歌舞伎町にはゲイホテル「大判新宿店」が、はなばなしくオープンし、大阪では、ホテル「英都」がオープンした。
『薔薇族』では、「薔薇戦争・東西乱交大合戦」と銘打ち、関西在住でルポを度々寄せてくれている、鞍嶽三馬さんにホテル「英都」を、新宿「大番」には、小林幸太君にルポをお願いした。
鞍嶽三馬さん(ペンネーム)は、東京に住んでいた頃は、レコード店を経営していたが、見事に倒産、京都に移られた。
この人、多芸多才な方で、文章を書き、イラストも上手、それにすばらしい感性の持ち主で、デザインも手がける人だった。どれだけ『薔薇族』の誌上を賑わせてくれていたことか。
その才能が認められて、京都に本社があるネクタイ製造の大手、「菱屋」に活動の場を移したのだ。
社長に認められて、「菱屋」が経営する「ネクタイ美術館」の館長にまでなられた方だ。ネクタイが売れなくなってきて、「菱屋」は倒産してしまったが……。
鞍嶽三馬さん、その後も工房を開いて、帽子や小物を製作している。オリジナルのネクタイを何本も送ってくれた。
今年は午年だというので、コレクションしている古い絵葉書の中から探したが、ウマの絵ってない。鞍嶽さんが送ってくれた、ネクタイに馬の絵が描かれているのを見つけて、今年の年賀状に使い、12月7日に銀座のキャバレー「白いばら」での「ぼくどうして涙がでるの」の出版を祝う会に、そのネクタイを結んで、しばらくぶりにスーツを着て出たのだ。
そのことを鞍嶽さんに知らせたら、またオリジナルのネクタイを、手紙を添えてくれた。
「ぼくどうして笑っちゃうの? ごめんね。でも笑っちゃった。
ウン十年前の処女作が、50年後、年増の厚化粧をして、出版だなんて、イケズウズウシい。阿川佐和子のオバちゃん、だまくらかして、でも、そのくらい厚かましくなければ、80年も生きられないか!
でかした文学氏、再デビューおめでとう。
お祝いに金ぼかしの自作のネクタイ、ご収納ください。お元気で!
一度、酒が飲みたいですね。生きているうちに……。バイ。」
「ぼくどうして笑っちゃうの」とは、さすがだね。うまい。ここで怒ってはいけないのだ。ゲイの中には、こうしたユーモアのある人ってかつてはいたんだな。
この手紙を読んで、藤田竜さん、内藤ルネさんのこと思い出したけど、ずいぶん二人にはひどいことを言われたっけ。それをじっとぼくは耐えてきたから、『薔薇族』は、長く続けることができた。
竜さんも年をとり、カドが取れてきて、ぼくのことをホメてくれるようになったけど、それはあまりうれしくはなかった。
まだ新宿2丁目にゲイバアが、2、30軒しかなかった頃、「ぱる」というお店にクロちゃんという店員さんがいた。
この人、お客が扉を開けて入ってくると、「あ〜ら、ブスいらっしゃい」と、声をかける。お客もやり返す。このやりとりが面白かった。
もう、こんなお店は2丁目にないだろう。しばらくぶりに悪口を言われて、うれしかった。もうこんな人もいなくなると思うと、寂しくなってくる。
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