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2014年3月31日 (月)

『薔薇族』の文通欄で出会い、20年も!

 3月19日の82歳の誕生日の前に、うれしいことがあった。
 前にも書いたことがあったかもしれないが、『薔薇族』の良き相棒だった藤田竜君が、『薔薇を散らせはしまい』(批評者刊)のあとがきにこんなことを書いてくれた。
 
「人を救った出版物は数知れずあろう。しかし、世に知られることなく、救われた当人も口にしないものとして『薔薇族』はあり、これからもそうであろう。
 それゆえに伊藤文学は一般的には評価されにくい。それでもいいではないか、と僕は思っている。もともと分かってくれる人だけに心を通じたいと始めたことなのだ。百人か千人か、あるいは何万の人か、『薔薇族』を見る前より、少しでも心が晴れれば、それだけでいいではないか。」
 
 今は亡き藤田竜君の残してくれた言葉を肝に銘じて、ぼくはブログの文章を書き続けている。
『薔薇族』の目玉は文通欄で、ネットなどない時代は、仲間を見つけるには、長い時間はかかったけれど、文通欄を使っていた。
 
「薔薇通信」欄を通じて仲間をみつけ、今でも一緒に暮らしている人もいるに違いない。「うれしいこと」というのは、そのことだ。
 
 野原くろ君という、『薔薇族』の誌上で、漫画やイラストを描き、表紙絵も描いてくれた人だ。『薔薇族』が廃刊してからは、『バディ』に仕事の場を移し、今でも漫画を描き続けている。
 
 その野原くろ君から、本と手紙が届いた。もう忘れてしまうくらいの年月が経っている。
 
「ご無沙汰しております。『薔薇族』では漫画や、イラストをたくさん描かせて頂き、本当にお世話になりました。
 昨年の夏に初めて『薔薇族』に掲載して頂いた作品を始め、初期の作品を集めた単行本を「カリガリ」というロックバンドのリーダー、桜井青さんのお誘いで、桜井さんのCD付きで発売させて頂きました。描き下ろしの作品も収録しています。
 
 同人誌として販売したため、一般の書店には並ばず、コミック・マーケットや、通信販売などでの販売だったのですが、完売することができました。
 
 もし『薔薇族』がなければ、この本も、こうして漫画を描いて生活することもなかったと思います。『薔薇族』で描き続けた、あの頃の経験のおかげで、現在もこの仕事を続けることができているのだと思います。
 
 未熟で拙い作品を掲載し続けてくださった伊藤編集長には、感謝してもしきれない気持ちです。本当にありがとうございました。
 
『薔薇族』の通信欄で知りあった、M・Iとは現在もずっとアパートで一緒に暮らしていますが、このたび札幌に中古住宅を購入し、ふたりで引っ越すことになりました。ぼく自身は東京に少し未練がありますが、彼の長年の希望がようやく実現したので、一緒について行くことに決めました。
 出発は3月15日の飛行機です。」
 
 出発前に会うことはできなかったが、札幌はM・I君の古里で、お母さんも元気で暮らしているそうだ。
 
『薔薇族』の文通欄で、20年も前に知り合って、ずっと一緒に暮らしている。この話を聞いたら、藤田竜くんも喜ぶに違いない。
 このふたりを取材するために、アパートにお邪魔したこともあった。部屋のなかがきれいに掃除されて、感じがよかったのを覚えている。
 
 このふたり、新潟のぼくの美術館にも来てくれた。M・I君のおじいさんの時代から使っていたという伊万里焼の大きな火鉢を送ってくれたので、ずっと庭においていた。いつまでも仲良く暮らしていてもらいたいものだ。

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コメント

匿名様

ご丁寧にありがとうございます。


人生には山あり谷ありといろいろなことがあります。人生には手遅れはなく、やり直せます。誰でも、いつでも、人生はやり直せます。

投稿: A | 2014年7月13日 (日) 19時50分

A様へ

良いことも、そうでないことも事実として存在するのに、
都合が悪いことは認めたくない私の我の強さがA様を
傷つけてしまった気がします。

生意気なことを書いて申し訳ありませんでした。

A様の益々のご多幸をお祈り申し上げます。

投稿: 匿名 | 2014年7月 3日 (木) 23時41分

匿名様へ

貴重なご意見に感謝いたします。
体験談としてお読み流していただければと思います。遠い昔のことです。
ありがとうございました。

投稿: A | 2014年6月30日 (月) 09時29分

不躾で申し訳ありません。

上の方の投稿を拝見し、想像を絶する体験をされたことは大変お気の毒に思います。

年齢的にも人を疑わず純粋な時期だと思います。
また、体験を読まれた方には注意喚起となることと思います。

でも、ひどい体験を(運が悪かったとしても)、伊藤様の責任にする(ように読みました)のは矛先が違うのではないでしょうか。

手紙の返事に十分注意しなかった貴方の責任と、いやがらせ目的で第三者に連絡した相手の責任です。
伊藤様に否はない。

また、20年もあれば、その後の人生を十分にやり直せるはずです。

どうか、これからは自分の人生を人のせいになさらずに、自分自身で生きてくださるよう願っています。

投稿: 匿名 | 2014年6月 4日 (水) 00時13分

<伊藤文学のひとりごと>
世の中良い話もあれば・・・その反対もある。
昭和47年の夏の出来事、当時高校一年生だった。渋谷の大盛堂書店の前を通りかかったら薔薇族を発見しました。多少手が震えドキドキしながら買ったのを今でも覚えています。事件はここから始まりました。文通欄を利用して相手に手紙を送りました。確か一週間もしないうちに返信が届きました。何度か手紙のやり取りをして会う約束をしました。当時15歳という年齢自分は世の中の風俗関係のことはなど全くの無知。悪人がいることことさえ疑わなかった。文通の手紙には家族構成や学校の名前やクラスまで明確に書いていた。当然のことながらあんことをしてみたいとかまで書いてしまっていた。それがあとあとの大問題につながることになってしまった。夏休み入ってから約束の日がきた。喫茶店でお茶を飲み直ぐに相手のアパートへ行くことになり即初体験でした。当時純情だった自分が想像していた内容の初体験ではなくとても不潔に感じてしまった。家に帰り何度も何度も口を洗ったことをはっきりと覚えている。その後何通か相手から手紙が来ましたが返信もせずにそのままにしておいたら手紙が来なくなり初体験の出来事も忘れ二学期が始まりました。まず、担任に呼ばれてここに住所と名前を書きなさいと言われた。結局それが筆跡調べのようなものだったんですね。次の日の母親も呼ばれて3人で話が始まった。これから何が始まるのか想像も出来ませんでした。担任が袋からどこか見覚えのある封筒を取り出し机の前に出した。まさか!?自分の書いた手紙?なぜここに?身体が震えてきたが担任にばれないようにこらえた。これはお前が書いた手紙だな!と担任が言う。驚きで言葉が出なかった。担任は一言母親に言った。お宅のお子さんは変態ですと!担任に変態扱いされたんだよ。15歳でね。母親は担任に何故か謝っている。家に戻り母親にはあれは友達の悪戯だよと押し通したが、当時どう思っていたのかは分からいが母親には心配を掛けてしまったな。そのことがあってから学校へ行くのが嫌になり非行に走った。タバコ、お酒、万引きなど、喧嘩と暴力以外はほとんど経験した。出席日数が足りなくなり進級も出来なかった。今思い起こせば父親にも迷惑掛けていたんだなと。私立校へ入学させてもってさ・・・進級できずに。その後自主退学しました。薔薇族の文通欄で酷いことになり、薔薇族を憎んだこともあります。人生の歯車がかみ合わなくなった。もう二度と高校生には戻れないんだよ。『薔薇族』の文通欄で出会い、20年も!、、、その反対もあることを伊藤文学様にも知って頂きたいです。

投稿: A | 2014年4月 7日 (月) 21時31分

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