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2014年5月17日 (土)

懸命に今日まで生きてきた!

 文芸春秋社の『オール読物』編集部の角田さんから、 「伊藤文学様 先月は取材をお受けいただきありがとうございました。記事の反響がありましたのでお送りします。」と添え書きがあり、『オール読物』4月号の記事を読んでの反響が送られてきた。
 
たった1通だけの反響の手紙だけど、何百通の手紙よりも重みがあり、嬉しかった。「 4月号の「『薔薇族』は不死鳥のごとく!」を一読。感慨深いものがあった。
 『薔薇族』創刊は、高校入学の時と重なるが、それ以来、毎号の発売を楽しみに、発売日には、私鉄で3つ先の駅まで行き、その都度、書店を変えて購入した。
 文通欄は利用したことはなかったが、小説、エッセイは何度か投稿し、採用されたことも青春の1ページであると、胸をはって言える。
「鷹宮雅人」というペンネームで、『薔薇族』に採用された小説は、「剃毛少年」「無毛少年」「黒い瞳の誘惑」の3篇だ。
 
 大学に入ってからいちどだけ、伊藤文学編集長と、電話で話をしたことがあるが、その時は名を告げなかった。
 懸命に今日まで生きてきた。思いは乱れ飛ぶ。青春の日は、二度と再び還らず。(和歌山県・匿名希望)」
 
 『オール読み物』編集部の角田さん。よくぞこの手紙を面倒くさがらずに回送してくれた。
 たった1通の手紙だけど、廃刊になって1年余、この手紙で何万人ものかつての読者が気持ちがつながったような気がする。
 最後の言葉、「懸命に今日まで生きてきた。思いは乱れ飛ぶ。青春の日は、二度と再び還らず。」は、ずしんと、僕の胸を打つ。
 
 高校生の時に『薔薇族』の創刊号を手にしたというのだから、この方、70歳を越えているだろう。
 ネットなど、僕と同じ男に触ったことも無い方に違いない。大学も出ておられるようだし、現在も『オール読物』を読まれているということは、かなりのインテリの方ではないかと想像する。
 地方に住んでいる.この時代の方は、女性と結婚しないわけにはいかなかった。「懸命に今日まで生きてきた。」この言葉は、長い年月の苦しみや、悩みがどれだけのものだったかということを考えさせられる。
 
 少年が好きだった人と、小説の題名から想像すると、その苦しみが倍増される。この方、ひょっとしたら教師だったかもしれない。
 それにしてもよくぞ「匿名希望」とはいうものの投稿してくれた。僕のブログを読んでのコメントも書いてくれる人は少ない。
 
 これはぼくだけのことではないだろう。メールなんて便利な物を利用する人がほとんどなのだから、電話もかけないし、まして、手紙を書く人がいないのは当然のことだ。
 
 ぼくは携帯電話も持っていないから、ぼくのブログを読んで、コメントを書いたとしても読んでいないと思うかもしれないが、毎日のように訪れる憩の場、カフエ「つゆ艸」の由美さんが見せてくれている。
 
 身内のものは面倒くさがって、そんなことをしてくれないが、他人様の方が、年寄りを面倒みてくれる。ありがたいことだ。
 
 4月の「伊藤文学と語る会」に静岡から出席してくれた、81歳の男性がいた。他に3人の女性の初出席。初めて出席してくれる人がいると嬉しい。
 本当のところ、もう何年も続けているので、しゃべるネタがなくなっている。ところが静岡から出てきた、 1人暮らしの男性。
 戦後、樺太から引き上げてきてからの苦労話。2時間が彼の独演会になってしまった。1人で住んでいたら、しゃべる相手もいないのだろう。全部吐き出すしまったということだ。

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コメント

高校生の時に創刊ならば昭和30年生まれなら現在58~59才でしょうね

投稿: abc | 2014年5月25日 (日) 02時37分

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