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2014年7月21日 (月)

そそり立つものを本のとびらに!

『薔薇族』は、昭和46年7月に創刊されたが、同じ月に単行本として出された本がある。三木春彦さんの『ホモセクシュアル』という、彼の自伝ともいうべき本だ。
 
 雑誌『薔薇族』を創刊する数年前は、ゲイ関係の単行本を次から次へと刊行している。新宿の「京王プラザホテル」も創刊の年にオープンしているから、もう43年もの月日が流れている。
 
 この時代は、マスコミの間でも同性愛はタブーだったし、ゲイの人たちは息をひそめて生きていた。
 
 三木春彦さんの『ホモセクシュアル』の冒頭の書き出しを読むと、その辺のところが伺うことができる。
 昭和の2、30年頃のことだったのか。
 
「私が最初、この未知の世界へ足を一歩踏み入れた時、私は言うに言われぬ大きな不安とともに、今まで経験したこともない喜びをともなった期待に、胸が波打つのを感じた。
 
 この世界に入国できるビザを手に入れるために、私はその機会の到来をどれほど、密かに待ち続けてきたことだろうか。しかし、ついに私は、独立でここへ至る道を開拓したのだ。
 
 私には最初からガイドもなければ、この保険を共に企てる仲間もいなかった。それはもちろん、何人にももらすべきことではなかったし、何人に対しても知られることは、極力避けねばならないことでもあった。
 
 それは現在では、男性化粧品の広告用に、男性週刊誌の大裏にまで、誰はばかるところもなく、姿をあらわす時代となったが、当時はまだ、秘密をその掟とする行為でもあった。」
 
 三木春彦さんの略歴を読むと、「東京大学文学部卒。著書に「背徳」一部、二部等あり。現在、某大学講師」と書かれている。
 
 三木さんは、この本を出した頃は、渋谷のNHKの建物から道を隔てたところにあり、建てられたときには、おそらく昭和初期のころの2階建ての立派なアパートの一室に住んでいた。
 
 何度かお邪魔したことがあったが、照明は薄暗く、部屋の中に仏像が何体も置かれ、お香の匂いが漂い、陰気でそう長くはいたくない部屋だった。
 
 書名もそのものズバリで、増刊もしているから、そこそこ売れたのだろう。書き出しは具体的でないが、読み進むうちに話は具体的になり面白くなっていく。
 
 40歳になったかならなかった頃のぼくは若かったから、思いきった本を次々と刊行し、『薔薇族』も創刊したばかりで、ぼくのテンションは上がるばかりだった。
 
 この本の扉をみると、なんと男の陰茎が、魚拓と同じ方法で、墨を塗り、和紙に移したものが、茶褐色で印刷されている。
 
 なんともたくましい陰茎ではないか。突端のかま首もかっこいい。よくまあ、こんなものをのせたものだ。
 
 告白すると、この陰茎は、なんとぼくのものだ。こんなに巨大ならいうことはないが、かなり拡大している。
 何度も、何度も墨を塗って、うまくいかずやり直したことを覚えている。馬鹿なことをしたと思うが、この頃はすべて体当たりで仕事をしていた。
 
 三木さんは最後のページにこんなこと書いている。
 
「その書物の扉には、この決意を永久に維持し、それを実行する勇気を持ち続けるための自己試練として、自分のペニスを鮮やかに刻印すべきだという幻想が私をとらえた。」
 
 現在のぼくの陰茎は、ちぢまったままだ。

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