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2014年9月20日 (土)

「マダム、ダワイ!」(女を出せ!)

 ソ連兵による日本人女性に対する残虐ぶりは、新聞は書かない思ったら、「終戦と朝鮮半島」という週一回の連載記事で「日常化する暴行」という見出しで、ナマナマしく東京新聞は伝えている。
 
 昭和31年に刊行して、ベスト・セラーになった、わが第二書房の『匪賊と共に』は、真実味を増してきた。
 
「日本の植民地支配が終わった朝鮮半島の北部に、1945年(昭和20年)8月、進駐してきたソ連軍、当初の主力は中央アジアの監獄から釈放された、囚人の戦闘部隊だった。「マダム、ダワイ!(女を出せ!)」。
 極端な耐乏生活を続けてきたソ連兵は各地で、略奪を繰り広げたにとどまらず、多数の女性にむごい仕打ちを加えた。」とある。
 
 記事は具体的に日本人女性が、野獣のようなソ連兵に暴行を加えられた様子が書かれている。
 残念ながら『匪賊と共に』は、すでに絶版になっているから、古書でしか購入できないが、興味のある人は読んでもらいたい。
 
『薔薇族』のカメラマンとして、活躍してくれた羽賀九郎さんから聞いた話だが、若い時に満蒙開拓団として、満州に渡ったという話を聞いたことがある。
『匪賊と共に』の中に、こんなことが記されている。
 
「満州(今は中国、かつては日本の植民地)の楽土建設をうたって、笛と太鼓で奨励した日本政府は、満洲国政府に指令して、、満人農家の人たちが先祖伝来、営々として経営してきた、豊かな土地を安く、ただみたいな金で強制的に買い上げると、そこへ日本開拓団を送り込んだのである。
 
 こうした好条件で迎え入れられた開拓団の人の中には、それが全部とは言わないけれど、次第と開拓の精神を忘れて、安逸をむさぼるものも当然でてきた。
 
 正直な話、内地で豪農でいたものが、土地を捨てて満州へ移住なぞしなかったであろう。多くが貧農なるがゆえの満州移住であったのだ。
 
「そう言っちゃなんだけど、比較的、教養のない人が多いように思うんだ。それで……」
 
 満州へ来て、一躍、膨大な土地の主となった彼らの中には、満人を小作人として酷使したものもあった。
 満人は取り上げられた自分の土地で、小作人となってこき使われ、しかも主人は、年がら年中、どぶろくを飲んで、ぶんぞりかえって少しも自分では働かない。
 
「畜生! いつかは……と思っていた。積もりに積もった満人の怒りが、日本の敗北で爆発したんだ。ともかく開拓団に対する満人の反感は根が深いからね」
 
 戦前、日本の農民たちが、ブラジルなどにわたって、未開の土地を開拓し、苦労に苦労を重ねて、農地に変えていったという話は、よく聞いたことがある。
 
 満州における日本人開拓団は、未開の土地に鍬を入れて、開梱の土地を切り開いていったのではなかった。
 ソ連兵と、積もりに積もった満人の反撃で、日本人がひどい状態になったのは、当然のことだ。
 
 一般の日本人を守るべき、日本の軍隊は、8月9日、ソ連参戦と同時に醜態をさらけ出し、軍人家族の避難列車の争奪戦が始まったのだ。
 将校同士が殴り合いまで演じる始末。避難できたのは高級将校の家族だけで、少佐以下の家族の大半は、ついに残留を余儀なくされたという。
 
 こんな戦争、二度と起こしてはいけない。
 
(★コメントをぜひ、お寄せください。読んでいますから)

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コメント

昨年世田谷美術館で,抑留者の美術展を見ました.抑留者が真っ先に覚えるロシア語が「ビストラ(早く),ダーヴァイ(やれ)」だったそうです.「ビストラ」はフランス語の「ビストロ」(早く料理を提供できるよ)の語源らしいです.
祖父が大陸に赴任経験のある陸軍大佐(ポツダムでは無い),ヺカマの孫(そろそろアクティブシニア)の投稿です.

投稿: あらえびす | 2014年9月20日 (土) 01時15分

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