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2014年10月18日 (土)

椅子と写真展とTシャツと!

 渋谷の「パルコ」の手前の教会の地下に、かつて小劇場の「ジャン・ジャン」があった。今は喫茶店になっているが……。
 
 1969年(昭和44年)、今から43年も前の話だから、若い人は知る由もない。ぼくの先妻の舞踊家、ミカが、一番活躍していた年のことだ。
 
 西独とイタリアの合作映画「マルキ・ド・サドのジュスティーヌ」の宣伝のための催しが、9月17日の夜に、「ジャン・ジャン」で、漫画家の富田英三さん(ビザールの会 会長)の企画で催された。
 
 会場は100人ほどの椅子席で、50人以上が取材に訪れたマスコミ関係者、あとは一般のお客で超満員だった。
 
 その前年、ミカは「伊藤ミカ・ビザール・バレエ・グループ」を結成し、フランスの地下文学の傑作と評されていた、澁澤龍彦さん訳の「オー嬢の物語」を舞踊化し、センセーションを巻き起こし、その翌々年には、栗田勇さん原作の「愛奴」も舞踊化し、話題を集めていた。
 
 映画の宣伝のためのミカのショウ。どんなすさまじいショウになるのかと、マスコミが押しかけていた。その時代はテレビの取材はない。スポーツ紙、週刊誌の記者たちだ。
 
 ミカはお客の中にまじって、椅子に座っていて、そこで衣服を脱ぎ全裸に近い状態になったのだから、記者たちも、お客もあぜんとさせられてしまった。そこからミカのショウは始まった。
 
 その座っていた椅子が、11月28日から、10日間、写真展が開かれる、『ポスター・ハリス・ギャラリー」に10何脚かあるのだから不思議な因縁だ。
 
「ポスター・ハリス・ギャラリー」で、7年も働いている長谷川町子さん。社長から展示の日程から企画もまかせられているようだ。
 その町子さんが、ぼくの後妻の久美子の古里、新潟県弥彦村に建設し、平成5年11月にオープンさせた「ロマンの泉美術館」に、訪れてくれていたのだ。
 
 ぼくが館長だが、人まかせで『薔薇族』の仕事が忙しいから、月に一度も訪れることはない。たまたま、ぼくが美術館にいたときで、それと批評社から『薔薇を散らせはしまい 『薔薇族』と共に歩んだ22年』という本(1933年刊)を出版したばかりだったので、美術館の売店に置いてあった。
 その本を町子さんは買って、ぼくにサインをと頼んだようだ。下手な字のサインだが、町子さんはその本を見せてくれた。
 
 ギャラリーに勤める前のことだったのだろう。ぼくはまったく覚えていないが、よくぞあんなへんぴな場所の美術館を訪れてきてくれたものだ。
 
 その町子さんの協力で、ミカの写真展を開けるようになったのだから、「ジャン・ジャン」の椅子といい、写真展といい、不思議なめぐり合わせだ。
 
 まだまだ不思議なめぐり合わせがある。ぼくは82年間、代沢の街で暮らしているが、下北沢駅前の本多劇場の一階にある、本屋さんと雑貨屋? 若い人に人気の「ビレッジ・ヴァンガード」に、長谷川町子さんの弟さんの長谷川朗さんが勤めているのだ。
 
 まさかミカの映画の宣伝のためのショウ、赤坂のクラブ「スペース・カプセル」でのショウの写真が、Tシャツになるとは夢にも思わなかった。
 下北沢のカフエ「織部」の奥村さんと、その友人のTシャツの工房の植田さんとが、三通りのミカのTシャツを作ってくれた。
 
「ビレッジ・ヴァンガード」の長谷川朗さんにお願いして、Tシャツと『裸の女房』(彩流社刊)を置いてもらうことになった。これも不思議なごえんだ。
 
 ミカと出会ったのも仙台の七夕祭りに行く夜汽車の中、人間の出会いって不思議なものだ。
 
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