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2014年11月24日 (月)

伊藤ミカさんは不思議感覚の人だった!

 宇野亜喜良さんは、イラストレーターや、デザイナーを目指す若者たちにとっては、神様的な存在の方だ。
 
 1999年には、優れた芸術家に與えられる紫綬褒章を受賞されている。1934年3月13日に名古屋で生まれ、1955年に上京して、カルピス食品工業の広告課に入社、それから現在まで第一線で、めざましい活躍をされている。
 
 ちょっと有名になって偉くなってくると、やたらと威張る人が多いが、宇野さんほど相手のことを思いやり、優しく、謙虚な人と出会ったことはない。
 
 昨年のことだったか、上海から中国の青年がぼくを訪ねてきて、宇野さんにインタビューをしたいという。青年は日本語はペラペラ、日本語の文章も読める。頭のいい雑誌記者で、寺山修司くんのファンで、寺山くんの作品をほとんど読み、青森の寺山くんの美術館も訪れたというから驚きだ。
 
 宇野さんの書かれた本もすべて読み、インタビューの質問もすべてでてきるので、宇野さんに電話したら、気軽にひきうけてくれた。
 約束の日に麻布にある宇野さんのスタジオへ、青年とカメラマンを連れて訪れた。
 初めて会う中国の青年に、一時間半もかけて、彼が用意してきた質問にすべて答えてくれた。
 
 いつも宇野さんを訪れて感心するのは、椅子から立って、玄関先まで見送ってくれることだ。椅子に座ったまま、「はい、さようなら」と、普通ならそうするだろうが、そこが宇野さんの違うところだ。
 
 ぼくが手土産ぐらい持って行ったらと言ったので、東横のれん街で、お菓子を買って持っていったが、インタビューはノウギャラだ。中国ではそれが当然のことなのだろう。
 中国は金持ちになってしまったから、アメリカと対等になったつもりでいるようだが、まだまだ後進国だ。
 
 宇野さんはお金のことは、一切口にしない方だ。『薔薇族』の表紙のデザインも担当してくれたが、僅かなお礼しかしていない。
 新潟のロマンの泉美術館での催しのチラシのデザイン、レストランのランチョンマットの素敵なデザインも手がけてくれた。
 雑誌がいきづまって経営困難になり、お礼も払えなくなったのに、宇野さんは「いいよ、いいよ」と言ってくれた。
 
 そんな宇野さんが、またまた、ぼくを応援してくれて、「伝説の前衛舞踊家、伊藤ミカ写真展」のチラシに入れる長文の推薦を寄せてくれたのには、感謝のしようがない。
 そのうえ28日の夜の「オープニングパーティ」に出席してくださるようだ。宇野さんの女性ファンは多い。宇野さんに会えるならと、パーティに出席希望者が増えてしまったらと、今から心配している。
 
 一行か、二行の短い文をとお願いしたのに、原稿用紙一枚分も書いてくれたので、全部は紹介できない。
 
「伊藤ミカさんは不思議感覚の人だった。
 時代は1960年代後半。土方巽さんや、大野一雄さんたちの舞踏が最高の熱量をたぎらせた時代に、彼女は西欧的なバレエで、スキャンダラスに耽美を創ったのだった。」
 
 1960年代の熱気あふれる時代の空気を今の人に伝えることは難しい。
 ミカの写真を見ることによって、少しでも肌で感じてほしいものだ。
 
★11月28日(金)から12月7日(日)まで。渋谷ポスターハリスギャラリーへどうぞ!
 ブログも来年には、1000回を越すそうだ。
 コメントをぜひ、書き入れてください! 必ず読みますから。
 
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