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2014年11月10日 (月)

世の中が活気に満ちあふれていたから!

 2004年の4月に、河出書房新社から『原宿セントラルアパートを歩く=1962−86 あの場所にいたクリエイターを訪ねて』という本が君塚太編著で出版されている。
 
 冒頭にこんなことが。
 
「東京は原宿、表参道と明治通りの交差点の一角に、セントラルアパートが建てられたのは1958年、もともとは住居用の高級賃貸“マンション”だったこの建物に、62年ぐらいから70年代にかけて、グラフィックデザイナーやイラストレーター、写真家、コピーライターなどが続々と事務所やスタジオを構え、雑誌の編集室や出版社も入居するようになる。
 
 セントラルアパートが今も「伝説の……」という言葉を添えて語られるのは、入居していたクリエイター達が、日本のポップ・カルチャーの草創期を席巻した錚々たる顔ぶれだったからである。」
 
 この建物は1996年7月に取り壊されているから、今では見ることはできない。
 宇野亜喜良さんは、セントラルマンションの460号室に入居したのが、1965年、その後、3、4年で転居している。
 
 この時代の宇野さんは、「マックスファクター」の専属デザイナーとして活躍していた。先妻の舞踊家ミカが、デザイナーの神様的存在だった宇野さんに、まったくの紹介者もなく訪ねたのか、今では知る由もない。
 
 ぼくの世田谷学園から、駒大時代の親友、劇団「人間座」の主宰者であり、演出家の江田和夫君が、1966年に栗田勇さんの『愛奴』を劇化し、宇野さんが宣伝美術を担当しポスターを製作しているから、江田君の紹介かもしれない。
 
 それにしても無名の舞踊家ミカのために、ポスターを製作したのだから、ありがたいことだ。
 
 ぼくもセントラルマンションに宇野さんを訪ねたことが何度かあったが、トビラは開け放たれていて、BGMが廊下にまで聞こえ、何人ものスタッフが忙しそうに動きまわり、活気に満ち溢れていた。
 
 宇野さんは澁澤龍彦さん訳の『オー嬢の物語』を舞踊化するというので、興味をもったのだろう。
 ポスター、チラシ、チケットと、助手にやらせるのではなくて、すべてご自分でデザインしてくれた。
 その後も『週刊新潮』は何度も記事にしてくれ、グラビア頁に写真を載せてくれたのだから、すごいことだ。
 その効果は抜群で、再演のときなど、当日売りのチケット売り場に行列ができたほどだった。
 
『オー嬢の物語』の舞台美術を担当してくれたのが、画家の金子國義さん。大道具の十字架のセットに、ひとりで絵を描き、何人もの踊り子のタイツにも絵を描き入れてくれた。
 
 フクロウの面を製作してくれたのは、人形作家の四谷シモンさん。麿赤児さんも出演してくれている。
 こんな豪華な舞台を製作できたなんて夢のような話だ。
 
『オー嬢の物語』が話題になったからだろうか。カメラマンの篠山紀信さんが、『芸術生活』のグラビアに載せるために、当時「梅ヶ丘」にあったスタジオに来てくれた。
 
 68年の6月号に、その写真は掲載された。そのとき写真を引き伸ばして、10枚ほど送ってくれた。45年間、大切に保存していたのを篠山さんの承諾を得て、ミカの写真展に展示する。
 
 宇野さんのポスター、篠山さんの写真、ミカは、どんな思いでいるだろうか。

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