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2015年2月

2015年2月28日 (土)

ゲイは女性と結婚すべきではない!

『薔薇族』を創刊して数年を経た頃の話だ。この時代はゲイの読者にとって、異性との結婚問題が大きな悩みだった。
 今の時代と違って、異性と結婚しないわけにいかず、独身を通すということが難しかった。
 
 そんな時代に女性から寄せられた投稿だ。この女性、27歳だそうだが、かなり教養のある女性で、ゲイであるご主人を理解しようと思えば思うほど苦しんだに違いない。
 
「朝、新聞のテレビ番組欄を見て、はっと眼にした見出しに急いでスイッチを入れた。
 (女の学校)私と同じ悩みを持った人がいる。長い間、ひとりで悩み続け、誰にも相談することができず、胸が痛いほどの毎日を送ってきました。
 
 こういうとき、女性はどういう立場をとったらいいのだろう。私はどうすべきなのか?
 何か参考になればと思い、テレビを観ていました。主人が私に隠して読んでいる『薔薇族』で、伊藤さんのことを知りました。
 
 私はいつかは主人が目覚めてくれる日がくると信じて(教養もあり、誠実な人)いたのに、この世界は先天的なものでしょうか。これを聞いて本当にショックでした。
 
 自分なりに主人を理解しようと思い、聖書を読み、ジイドの『背徳者』『狭き門』を読み、心理学の本も読み、原因はなんなのか、幼いころの家庭環境によるものなのか、それとも私に魅力がないからか、と、自責してもみたり……。
 
 今では、人間が人間を愛することに変わりはない、たまたま主人の愛の対象が同性であるのだと、自分の年齢では(現在、27歳)不思議なくらい悟りきってしまった。
 
 伊藤さんがお書きのように、偏見をもたず、光の当たるところで、社会的にも認められる日がくることを願って、雑誌を出し続けていることは立派で、私も拝読してなるほどと思うこともあります。
 しかし、自分の主人がとなると、本当に複雑な気持ちになります。5年間の交際ののち、私の目で選んだ、夫のこの秘密を誰に打ち明けられましょう。
 
 私がこのことを知って、愛がだんだんと薄れていったら幸いだと思うのですが、理想的な主人ですし、優しいので別れることはできません。
 しかし、毎日の生活の中に、なんとなくついてまわる小さい暗い影。ふっとひとりになったとき、涙が出てしまう。忘れよう、忘れようと思っていても、どうすることもできない気持ちがこみあげてくる。
「夫婦の絆」とは、なんなのだろう。本当は愛なんていらないのかも。尊敬できたらいいのではないかと自問自答してみたり……。
 
 そして自殺も考えた。これ以上、問いつめたら、私はきっと主人を憎しみぬき、みにくい人間になりはしないかと……。
 
 私はだまされたのだ。だましたのではなく日本の社会の機構が、周囲の人の手前、と言いたいでしょうが、結局、結婚したということは世間体のためだった。
 
 私が言いたいのは、この世界の人は絶対に女性と結婚してはいけない。この精神的苦痛は、浮気したとか、家庭を捨て駆け落ちをしたとかより、もっと、もっと重いものだ。私も、相手が女性だったら少しは気が楽になれただろう。
 この世界の人が本当に社会的に認められるとしたら、他人を不幸にしてはならない。」
 
 東京に住む、一女性からの投稿だ。
 ご主人が悪いわけではない。奥さんも悪いわけではない。異性と結婚しなければならなかった時代が悪い。懸命な奥さん、すべてを知り尽くしていた。世間体を気にせず、ひとりで生きた人こそ、本当に男らしい人間と!
 
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2015年2月23日 (月)

落ち込んだぼくに勇気を與えてくれた手紙!

 こんなことってあるのだろうか。女房と次男夫婦と、中学1年生の野球少年の孫と、代沢三丁目のマンションに移り住んでからは、風邪も引かず、自分でも不思議なくらい元気で毎日を過ごしてこられた。
 毎日、五千歩を歩くようにして、腰の筋肉が落ちないように、からだを動かすようにしている。
 
 20日の夜、友人のカメラマン中嶌君が経営するバア「まじかな」で、高須基仁さんとトークショウをやろうということになっていた。
 ところがどうしたことか、17日頃から急に体調がおかしくなってきた。こんなことってなかったので、自分でもわからないが、無気力になり、なにかやろうという気力がなくなってしまった。
 毎日、必ず書いていた日記も書こうという気がしない。食欲もなくなってきて、いつも食べ過ぎて困るぐらいだったのが、食べられなくなってしまった。
 
 考えてみれば3月19日がくると、満83歳。「まじかな」で80歳の誕生日に、友人が集まってくれて盛大に誕生パーティを開くことが出来た。
 歌手のクミコさんが、「百万本のバラ」を歌ってくれたっけ。あれからもう3年の月日が流れている。
 昨年は世田谷学園の同期生、親しかった朝生君、池田君、後関君もこの世を去り、寂しくなるばかりだ。
 3月19日で満83歳。男性の平均年齢以上に生きているのだから、少しばかり落ち込んでも仕方がないか。
 
 ぼくはどんなことがあっても前向きで、くよくよしないで生きてきた。ちょっとばかり体調が悪いからって、落ち込むことはない。そう思うような、勇気を與えてくれる手紙をもらったのだ。
 
 1円切手と、2円切手が封筒一面に貼ってある手紙。こんなに切手を貼ってある手紙をもらった記憶はない。
 
 ぼくはもう3、4年になるだろうか、「伊藤文学と語る会」今は「文ちゃんと語る会」を月に1回、ずっと続けてきた。4、5人しか集まらないときもあるが、多いときは10人を越える。延べにしたら数百人の人が集まってくれたということになる。
 
 この手紙をくれた男性は、関西に住む20代の男性で、ブログを見て二度もきてくれた人だ。
 頭が悪い人間だというが、便箋30枚もの長文の手紙。どれだけの時間を費やして書いたのだろうか。まったく文字の間違いはない。
 
 小学校、中学校と、いじめられて過ごしたそうだが、大学まで卒業しているのだというから、よく頑張ったものだ。
 
「伊藤様に初めての手紙で「君の字を見ていると君のことがよくわかります」と言って頂いたときのことや、昨年の3月に語る会に参加させて頂いたときに「きっちりしているよねえ、几帳面だよねえ」と言って頂いたことでとても嬉しかったです。
 
 その後、カフエつゆ艸に行ったときに、「ぼくと君はもう友達なんだから……」と言って頂いたときは涙が出そうになりました。」
 
 君の手紙で、今度は落ち込んでいたぼくが救われたような気がした。君の家と近ければ毎日でも訪ねて話し合うことができるのだけど残念だ。
 
「文ちゃんと語る会」に出席してくれる人たち、恐らくそれぞれが悩みを抱えているに違いない。しかし、みんなの前ではしゃべれない。
 語る会の当日、2時間前の3時にはぼくは「織部」にいるから、個人的にぼくとしゃべりたい人がいたら、遠慮しないで訪ねてきてください。
 
 和歌山の小学校5年生の男子を殺害してしまった事件、マスコミは22歳の男性の心の闇には触れていないが、ぼくにはなんとなく分かるだけに辛い話だ。
 
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「文ちゃんと語る会」
2015年2月28日(土)夕方5時〜7時
「織部下北沢店」
〒155−0031 世田谷区北沢2−2−3 
TEL 03−5432−9068
 
女性も歓迎、ぜひ、お出かけください。

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2015年2月21日 (土)

やめたくても、やめられない!

 いまから50年前にオナニーの正しいやり方を本にして、少しは孤独な人のためになったと思っていた。
 昭和23年、戦争が終わって3年後に、ぼくは駒澤大学に入学したが、育ち盛りのときに食べ物がなくて、満足な食事をしていなかったから、ガリガリにやせていた。
 
 オナニーをおぼえたのは、なんと大学に入ってからのことだった。その時代の常識としては、オナニーをやると身体に害があると言われていた。しかし、やめようと思ってもやめられない。ついつい手が……。
 
 その時の体験が、『ひとりぼっちの性生活』になり、『薔薇族』への発想の原点になったのだが、ぼくの書棚に一度も開かずにいた本があった。
 どこで手に入れたのかも思い出せないが、読者が送ってくれたものかもしれない。
『オナニーと日本人』(木本至著・インターナル出版刊・カフエ「織部」の店長がネットで調べてくれたら、数件の古書店で売られていて、2500円だそうだ)
 木本至さんは昭和12年、群馬県生まれ。東京教育大卒業後、光文社に入社、1966年退社後、文筆業に入ったという経歴の方だ。
 
 あとがきによると「あえて理由をつければ、まったく他人と関係なく、個人の想像力のなかの快楽追求にしかすぎないオナニーのようなことでも、ときに国家は禁圧しようとすることがあるということを知りたいためである」と記している。
 オナニーの歴史って人類の発祥とともにあったのかもしれない。その歴史を記してくれているのだが、本嫌いのぼくにはとっても一字一句目を通すことはできない。
 
 オナニーなんて、どうでもいいようなことをよくぞ調べたものだ。すべての動物が子孫をたやさないために、メスと性交する。その大事な精子をムダにしてしまうことを悪とするのは、なんとなく理解できる。
 オナニーを悪と考えるのは、宗教とも関係しているようだ。
 
「ユダヤ人の場合は、バビロンの幽囚から脱出し、宗教的な統一と団結を固めたのだが、そこで作られた「ゾハルの書」では、マスターベーションを“最悪の罪”と規定した。ある権威者は、マスターベーションを名指して「死に値する犯罪」と宣告したほどである。したがってペニスを手でいじらせないための具体的な規制が制定されたのも当然のなりゆきであった。
「ユダヤ人は仰向けに寝てはならない」
「小便するときも、ペニスに手を触れてはならない」
「ぴったりしたズボンをはいてはならない」
 性器と手の絶縁をさせるための工夫がほどこされたのだった。オナニー制圧の源泉は宗教の中にあったのであるが、宗教と人民の絆が弱体化した18世紀において、再びオナニーの有害性が熱烈に叫ばれたことは興味深い。」
 
 煙草にしたって、害になると言われたってなかなかやめられるものではない。ぼくの体験からいっても、害になるのは承知していても欲望につながるオナニーはやめられなかった。
 
 翌日、ぼおっとしていたこともあるし、頭が痛いこともあったが、人間、欲望には弱い。どんなに宗教で規制しても、やめられないものはやめられなかったのでは……。
 猿がマスターベーションをおぼえると、死ぬまで続けてしまうという話をきいたが、何事もやりすぎれば害になるのは当然のことだ。
 
 やっかいを股座にもつひとりもの
 
 江戸時代の川柳は面白い。
 
★ぼくよりも年上と思われる古い読者からのコメント、うれしかった。ネットを使えるのだからすごい。ぜひ、コメントを寄せてください。
 
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2015年2月16日 (月)

『ひとりぼっちの性生活』を復刊するか!

『ひとりぼっちの性生活』
 この本は昭和46年に創刊した『薔薇族』に至るぼくの発想の根源になった歴史的な本で、今から50年も前のことだ。「この本を読んでくださる孤独なあなたへ」と題して、著者の秋山正美さんは、こんなことを書いている。
 
「この本は性について書かれているが、異性との性生活の指導書ではない。いわば“異性との性生活のない生活の本”なのだ。
 現在、現実に性生活を共にする異性がいないために、自分一人の一方通行の性行為を行うほかない人々にとって、これは性の理想の書である。
 
 未婚の男女は何年さきに体験するか予測できない夫婦の性生活の本を、いち早く読みふけるが、結婚以前の孤独な性、自分の性については、あまり読もうとしない。読みたくても孤独な性の本などはどこにもないからだろうが。
 
 昔から異性を相手としない自分一人の性行為は、不潔で、異常で、変態的で、反社会的で、反道徳的で、非人間的な行為だと信じられてきた。それは罪深い行為であり、自分自身をけがす行為とされてきた。そういう行為を肯定し、単独性行為の方法を語ることは医師も心理学者も避けようとつとめた
 
(中略)
 
 我が国の孤独な男女の性生活は、支離滅裂に混乱しているが、この混乱に秩序を与えるためには、特に革命的な天才的な大学者が登場する必要はない。ただ、当たり前のことを当たり前に語る、たったひとりの日本人の勇気が必要なのだ。
 
 ――私が孤独な性について書いた動機は、これであった」
 
 著者の秋山正美さん、女性の名前のように思われるかもしれないが男性だ。
 昭和4年生まれ(他界されている)、独身時代が長く、『求婚戦争――花嫁を求め続けた十六年間の記録』は、渥美清さんの主役でテレビドラマ化されている。
 
 秋山さん、どれだけオナニーをし続けてきたことか。しかし、この原稿はどこの出版社に持ち込んでも本にしてくれるところはなかった。
 その本を出版したぼくも孤独な性を続け、悩みに悩んでいた時代があったので、即座に出版することを決めた。
『ひとりぼっちの愛と性』『ひとりぼっちの愛情』『ひとりぼっちの性の告白』と、ひとりぼっちシリーズを立て続けに本にしてしまった。
 装丁は画家の赤星亮衛さん、新書版で50年も前の本とは思えないぐらい、よく出来ている。もちろん、タイトルはぼくが名づけたものだ。
 
 孤独な人のためのオナニーのやり方を書いた本。こんな本を書いた秋山正美さん、それを本にしたぼく。日本で最初で、現在に至るまでそんな本を出版した人はいない。
 この本がどれだけ孤独な人たちの心の支えとなったことか。
 
 2015年、2月4日の「毎日新聞」の夕刊、「恋愛に無関心って本音?」そして2月5日の「毎日新聞」の
「若い男性の絶食化」の記事。
 
「若い男性の“セックス離れ”が進んでいることが、一般社団法人・日本家族計画協会がまとめた「男女の生活と意識に関する調査」で分かった。夫婦の約半数がセックスレスという実態も判明。専門家は「男性は草食化」どころか「絶食傾向」と。」
 
 なんということか。性ほど楽しい快楽はないというのに。オナニー用の「ラブオイル」が今でも売れ続けているのは納得できる。『ひとりぼっちの性生活』をまた復刊するか。
 
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ヒットした「ひとりぼっち」シリーズ

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2015年2月 9日 (月)

中国のゲイの男性を応援しよう!

 中国には4000万人もの同性愛者がいるそうだ。この数字は男性同性愛者のみの数だろうか。レズビアンは数の中に入っていないのか? なにしろ13億人もの人口をかかえた国だから。
 
 2015年1月31日の「毎日新聞」の夕刊に、「多様性の行方」と題して小さな記事が載っていた。
 恐らく中国では、同性愛は違法とされているに違いない。この記事を読むと、日本の40年ぐらい前の話のように思われるが、勇気ある人が現れて、少しつづ世の中を変えていくのだろう。
 
「中国広東省の裁判所で先週、ある訴訟が結審した。同性愛者の男性がゲイであることを理由に解雇されたとして、勤務先のデザイン事務所を訴えた裁判。
 男性は昨秋、路上でゲイの男性と口論になったのを誰かが撮影した動画がネット上に流れ、それを知った会社に解雇された。
 同性愛を理由にした職場差別を巡る中国初の訴訟とされる。
 
 会社側は男性の勤務態度を理由にしたが、社長は「(同性愛を)同僚や顧客がどう感じるかを考慮した」と漏らしたという。
 中国には約4000万人の同性愛者がいるとされるが、偏見は根強い。職場で受け入れられた人もいるが、多くは隠している。男性は「社会公正を求める」として提訴した(後略)」
 
 勇気ある男性が中国にもいたものだ。恐らく中国では初めてのことではないか。
 記者は「裁判は、中国の司法が社会の多様性をどう考えるのかを測るリトマス試験紙になるだろう。判決は今春にも出る見通しだ。」と結んでいる。
 
 デザイン会社だそうだが、もしかしたら社長もゲイかもしれないし、社員も多く使っている会社なら、まだ他の社員の中にもいるかもしれない。デザインの仕事をする人には、ゲイの人が多いと言われているからだ。
 
 中国のゲイ社会をおくれていると批判することはできない。日本でもエイズに感染したことを会社側に知られ、クビになったというニュースを聞いたのは、つい最近のことだ。
『薔薇族』を創刊した頃の日本は、ゲイの人は会社という組織の中では生きづらかった。
 銀行などでは結婚していないと、出世できなかった。あの人はゲイではないかと、陰口されたら耐えられずに、職場を変えてしまったという話はよく聞いたものだ。
 
 美輪明宏さんが『薔薇族』創刊200号のときに寄せてくれた「自殺した友よ いま一緒に乾杯しよう」の言葉を忘れることはできない。
「彼は戦後には珍しく広い庭のある邸に住む、由緒ある家柄の一人息子であった。清らかで優しく、おとなしい善良な人柄であった。ある日、彼がホモであることが家人にばれ、親族会議に掛けられて恥をかかされて、首を吊って自殺したのである。
 
 鼻水も糞尿も垂れ流して、便所のはりにぶら下がっていた、その人の姿を見て私は誓った。「この人の死を決して無駄にしてはならない」と。そして私は親族たちに向かって叫んだ。「人殺し! あなたたちが彼を殺したんだ。死ぬまで後悔するがいい。私はあなたたちを死ぬまで呪ってやる。絶対に許さない! 人殺し!」」
 
 美輪明宏さんの怒りに満ち溢れた言葉。このような話はいくらでもあったに違いない。
 
 日本のゲイに対する偏見は、少しはなくなってきたのか。まだまだ日本でも隠し通している人が、沢山いるようでならない。
 ひとつの偏見をなくすという仕事は、長い長い時間がかかるということだ。

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2015年2月 7日 (土)

戦争の悲惨さを後世に伝えたい!

「生還者 悲劇を後世に訴え=アウシュビッツ70年追悼式典」の見出しで、2015年1月28日の東京新聞が、ナチスドイツのホロコースト(ユダヤ人らの大虐殺)を象徴するポーランド南部のオシフィエンチムのアウシュビッツ強制収容所が、当時のソ連軍によって解放されてから70年となる27日、現地で追悼式典があり、生還者のユダヤ人女性らが人類史に残る悲劇を後世に伝えようと演説した。
 
 アウシュビッツには、1940年から欧州各地のユダヤ人や、少数民族ロマ、同性愛者ら計130万人が連行され、110万人がガス室で殺された。
 45年1月27日の解放時に7千人が救出されたとある。
 
 ユダヤの人たちのことは、マスコミがとりあげるが、同性愛者の人たちが、どのようにして逮捕され、殺されたのかは著書もあるのだろうが、ぼくは図書館に行って調べたりすることは苦手でできない。
 
 アウシュビッツ収容所の所長だった、ルドルフ・ヘスという方が『アウシュビッツ収容所』という本を書かれており、片岡啓治訳で講談社学術文庫から刊行されているので、この本を読めばわかるのかもしれない。
 
 ドイツの独裁者、ヒトラーがどんな人物であったのか、ぼくにはわからない。だが、ぼくの勘では、少年が好きだった人ではと思う。
 ゲルマン民族の純粋な血を残そうとして、ユダヤの人を迫害したのはなんとなく考えられる。同性愛者を迫害したのは、純粋な血に反するからだろうか。 
 極端に同性愛者を嫌う人は、自分の心の中にその部分を意識するからではないか。
 
 ぼくはナチスドイツがヒトラーの宣伝のために出版したであろう、縦5センチ横3.5センチの豆本の写真集を持っている。その中にヒトラーが、少年たちに囲まれて、いかにも楽しげな姿が載っている。
 
 ヒトラーは「ヒトラー・ユーゲント」という、10歳から18歳までの少年を集めた団体を組織している。
 1926年に設けられた党内の青少年組織に端を発した、学校外における地域の党青少年教化組織で、1936年の法律による国家唯一の青少年団体だ。
 
 なんとヒトラー・ユーゲントの少年たちが、昭和13年に、船に乗り、それもぼくが住んでいる下北沢の街を訪れていたのだ。
 なんで下北沢に訪れたのかはわからない。東條英機首相が、すぐ近くに住んでいたからかもしれない。
 そのときの様子は、2010年9月22日のぼくのブログに「ドイツの少年たちが下北沢に」という見出しで書いている。
 
 カフエ「邪宗門」で出会った、小宮東尾さんという写真家のお父さんも、写真家で、ドイツの少年たちの写真を撮影していた。
 きりっとした美少年たちだ。歴史に残る貴重な写真ではないか。
 
 1981年(34年も前のこと)「薔薇座」という野沢那智さん主催の劇団が、渋谷のパルコ劇場で、「BENT=ねじまげられて」、ドイツナチスに迫害された収容所生活をドラマ化している。
 胸に同性愛者は、ピンクの三角の布をつけられている。感動的なドラマだったが、ストーリーもあまり思い出せない。収容所内のせつない恋も描かれていた。
 
 同性愛を違法とする国は、195カ国中、70カ国もあるという。日本に生まれただけでも幸せというものだ。
 
A
少年たちに囲まれた笑顔のヒトラー
 
B
ナチスドイツの宣伝に使った写真集
 
C
下北沢を訪れたドイツの少年たち

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2015年2月 4日 (水)

若者よ やらないか!!

稀代の奇人、変人が激突のトークショウ 

高須基仁×伊藤文学
 
2015年2月20日(金)夜7時開会
会費/¥3000(ドリンク・おみやげ付き)
会場/MUSIC&BAR「まじかな」
   中央区銀座7-3-13 ニュー銀座ビル1号館2F
   TEL 03-3573-5300
 
★女性歓迎! 他にも高齢者の奇人・変人が登場します。

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2015年2月 2日 (月)

山川純一君の「やらないか!」の叫びは!

「やらないか!」
 劇画作家の山川純一くん、うまい名セリフを残してくれたものだ。
 ネット上でヤマジュン人気が巻き起こってから、すでに7,8年は経っているのだろうか。
 復刊ドットコム刊の『ウホッ!! いい男たち』が刊行されたのは、2003年10月5日、それから何度も増刷されている。なんと12年前とは……。今ではネットでも見れるようになっている。
 
 こんなに長い間、ブームが続いているなんてことは珍しいことなのでは。その間にTシャツ、ノート、つなぎ、抱き枕、数えきれないほどに商品化されている。
 
 山川純一くんは、今どうしているのだろうか? だれもが考えるに違いない。最近、ネット上では、なんとかいう女性の名前が上がっているようだ。劇画の作品が似ているのだそうだが、ヤマジュンは男性だ。
 山川純一くんに直接、出会っているのは、ぼくしかいない。事務所の玄関口で原稿料を渡して、部屋に上がらずに立ち話で帰っていく。
 
 夏のことだったのか、洗いざらしの白い袖のシャツに、Gパン。顔も今では思い浮かばない。
 何を喋ったのか、ぼくが渡す稿料だけで生活しているとのこと。『薔薇族』の編集部を訪れる前は、アルバイトで働いていたようなことは話してくれた。
 
 もう、山川純一くんは、この世にいないのではとぼくは思う。『薔薇族』で断られたら他誌へ原稿を持ち込めばいいのに、彼はそんなことをしなかった。
 10何年も多くの人の心をとらえているものはなんなのだろうか。
「やらないか!」
 彼の叫びは時を経るごとに心に沁みとおる。
 
「毎日新聞」の1月21日の朝刊に、山田昌弘さん(中央大学教授)が、「おとなしくなった若者・増える『平穏無事に暮らしたい』」という記事を書かれている。
 成人式も終わったが、何年か前までは成人式にあばれまくる若者がニュースで取り上げられていた。
 
「成人式が終わった。今年も親同伴での出席が多かったという。私が若い頃に比べると、若者のイメージが大きく違っているのではないだろうか。
 今から30年前、私が青年だった頃は、良くも悪くも親や社会に対して反抗的な若者が多かった。社会の伝統や権威に疑問を持ち、従来のしきたりに反して自由に行動することが若者らしさと言われていた。
 レジャーや恋愛を楽しみ、中には政治活動や市民運動に身を投じる者もいた。大人たちに「今の若いものは」と眉をひそめられながらも、新しいことに挑戦していった。
 ほとんどの若者は、ある程度の年齢になれば、就職して家庭を築き、安定した生活を営む。それでも「やりたいことをやった」という経験は、後の人生の活力になったと思う。
 最近、「今の若い者は」という言葉は、意味が逆転してしまったようにみえる。(中略)」
 
 日頃、若者に接している先生の言葉だから、そのとおりだと思う。
「いずれにしろ、今の若者は、就職活動や周りに気を使うことに、エネルギーを使い果たしているように見える。若者がやりたいことをする、という機会をどうしたら実現できるのか、考えなくてはならない時代になったようだ。」と、山田昌弘先生は結論づける。
 
「やらないか!」と叫ぶ山川純一くんの声が、今の若者の心に、どれだけひびいているだろうか。
 
「文ちゃんと語る会」
2015年2月28日(土)夕方5時〜7時
「織部下北沢店」
〒155−0031 世田谷区北沢2−2−3 
TEL 03−5432−9068
 
女性も歓迎、ぜひ、お出かけください。

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