« 「同性婚」日本でも動きが! | トップページ | 忘れ去られたか『薔薇族』編集長! »

2015年3月14日 (土)

オナニーは「かっぱえびせん」のようなもの

 大本至さんの『オナニーと日本人』から引用させていただく。これは大正時代の話だ。
 
「ある県立中学校の教師である春野道男先生は、文学士の肩書を持ち、生徒に修身を教えているときは性のことまで話してみよう、という意欲を抱いていた。
 大正時代の県立中学校といえば、一高を目指す若いエリートがひしめくところであった。
 たまたま春野先生が担任の生徒の中に、3年まで級の主席だったのに、3年3学期から目に見えて成績が下落し、4年になったときは10位まで落ちた生徒がいた。
 
 春の先生はこの生徒が落ちた偶像をよく観察して、主席だった時代には活気にあふれていたが、最近は元気も消え失せ、運動場の隅にひとりでいて、何やらうれい顔(これは性的悪癖に陥っているな)と、先生は読み取った。
 
「今夜でも先生のところに遊びにこいよ」と春野先生が、この生徒に声をかけたのは4年の2学期、いよいよ入学試験の季節が近づいてきたころだ。
 夜も更けてきた。生徒が腰を上げそうになった。今だ、と春野先生は決意して、「成績がこの1年で目に見えて下がったが、君ほどの男がくやしがって、向上の努力もしないとはどうしたのかね」と、本題を切り出した。
 
 頭脳明晰の如何は、肉体の健康によって左右されるものだ。とりわけ性欲の濫用は恐ろしい結末をもたらす。
 春野先生の話が進むにつれて、生徒は脂汗がにじみ出てきた。みんな先生に知られていると思うと、恥ずかしさで顔まで赤くなった。
 春野先生は先に話を進めた。ひとたび手淫の悪癖の地獄に落ちた者は、意志の力ではどうしようもないものだ。だが克己の精神をつちかう修養と、運動によって身体を鍛えることで救われる場合がないとは言えない。
 
 すみません。うなだれて耳をかたむけていた生徒は、このとき突然に声をあげて泣き始めた。
 先生にすべてを話します。僕は手淫に耽って、勉学をおろそかにしていました。
 ざんげの値打ちもないことを蟻の穴からあふれ始めた大河の水のように、心に秘めていたすべてを告白した。
 
 よしわかった。そこまで後悔しているのなら大丈夫だろう。絶望することはない。今日からあの習慣を断じて改めるならば、君の成績は前のように主席の座に戻れるはずだ。
 春野先生の言葉どおり、5年の卒業にあたっては主席の栄誉に輝いた。しかも、憧れの第一高等学校にも合格。
 やがて帝国大学(東大)法学部を出て、良妻を迎え、かわいい子供まで生まれた。
 おお、うるわしきオナニー征服立身出世物語。
 
 春野先生は、この実績の上にたって、中学3、4年生のために、『年頃の子女を持てる父母に代わりて、性に関する講話』(大正9年)という本を書いた。ひと口にいえば、オナニーをさせない、この目的のために全巻が捧げられているといってよい。」
 
 戦後のぼくの学生時代でも、春野先生のような考え方が広く受け入れられていたのだろう。あまりにもオナニーが害になると強く言われると、オナニーにふけっている若者は、かえって悩んでしまうのでは。
 かっぱえびせんの宣伝文句のように、なかなかやめられないから困ったものだ。いつの時代になっても、この悩みは永遠に続くだろう。
 
 中学1年生の孫に聞くわけにはいかないけれど、今の学校ではどのように教えているのだろうか。教えすぎると、オナニーを知らない子供にまで興味を持たせてしまうかも知れない。この問題、それぞれの意志にまかせるしかないようだ。
 
Img_3024

|

« 「同性婚」日本でも動きが! | トップページ | 忘れ去られたか『薔薇族』編集長! »

コメント

オナニーすると短小包茎になるとしたら
カッパエビセンでは済まされないような恐怖を感じたが
いろいろと調べていくと
オナ禁を中心にして
いくつかの方法を組み合わせることで
包茎とか短小を家で治すことができるらしい
らしいというか、自分の場合
その方法で脱包茎に成功
そうすると、驚くほどに美しい彼女ができたことがまた
不思議なのだが
そういう意味では
カッパエビセンよりも凄い

投稿: オナニーすると短小包茎になるのが解明 | 2015年3月21日 (土) 20時31分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: オナニーは「かっぱえびせん」のようなもの:

« 「同性婚」日本でも動きが! | トップページ | 忘れ去られたか『薔薇族』編集長! »