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2015年4月18日 (土)

こんな歯科医院が、東京にあったなんて!

 大きなガラス窓越しに、素晴らしい日本庭園が見渡せる。こんな歯科医院なんて、都内のどこを探したってないだろう。
 歯の治療を受けながら、木々の緑を見られるのだから、自然と心がいやされるではないか。
 
 歌人の斎藤茂吉が、戦後、山形県の大石田から、長男の茂太さんが開業した、神経科医院に移ってきた。代田八幡宮のすぐそばの茂太さんの家からせせらぎが流れる桜並木の道を我が家に訪ねてきている。この「せせらぎ歯科」の前の道を通って。「せせらぎ歯科」の筋向かいは、歌手の中島みゆきさんの邸宅だ。
 
 4月2日、この日の、せせらぎ公園の桜は満開だった。一緒に住んでいる息子の嫁の智恵の息子、ぼくの孫だ。その孫が淡島幼稚園時代に知り合った母親たちは、ずっと付き合っていて、桜の咲く頃にお花見を毎年やっている。
 その中のひとりのお母さんが、昨日から開業した「せせらぎ歯科」の受付を手伝っていて、レントゲンは最新式で、器具を消毒する器具も最新式のものを備えているから、ぜひ歯が痛んだら行ってみたらということだ。
 その話を息子の嫁から聞いたとき、これだと思った。ぼくの奥歯を20年もお世話になっているS歯科で、何度か治療を受けていたときだった。
「最新式のレントゲン」この言葉から、決意するものがあった。どこがどのように悪いのか、はっきりと映れば、治療の仕方がわかってくるのではと思ったからだ。
 
 もうひとつ、医院を変えようと決意させたのは、ぼくの著書『ぼくどうして涙がでるの』を一昨年、復刊して出版した折に、ネットでコメントしてくれた、小児科外科医の言葉がずっと頭に残っていたからだ。
「今日はこういう本を読みました。ティッシュ・トート。つまり術中死を描いた闘病記ですね。
 現代の医療ではこういうことは起こりませんが、この本で描かれる家族の愛情や、病への患者の不安、病室内での患者の連帯の気持ち、そういったものは不変です。
 名著は不滅なんだなと心から感じました。」
 
「名著は不滅」と評してくれたのもうれしかったが、「現代の医療ではこういうことは起こりません」の断定的な言葉だ。
 妹が東京女子医大の心臓外科病棟に入院していたのは、昭和30年代のこと。心臓手術が初めてされたのは、確か昭和25年だ。
 妹と同室だった5歳の坊や、芳ちゃんは先天性のファロー四徴症という心臓奇形で、手術してすぐに亡くなってしまった。
 妹は長いこと入院していたので、その間に多くの患者たちがこの世を去った。その頃から数十年の年月が流れ、外科医たちの技術も格段の進化があり、それよりも医療器具の進歩はめざましいものがあった。
 
「こういうことは起こらない」小児外科の先生が言われるように、心臓手術で亡くなる人は、ほとんどいなくなってしまったのだ。
 医師の技術も優れていなければならないだろうが、最新式のレントゲンを使っているということは、治療の仕方を的確に把握できるというものだ。
 
 大きく鮮明に映し出された、ぼくの歯。どこがどのように痛んでいるのか理解できた。あとは先生におまかせするだけだ。
「東京都」が「東京市」と呼ばれていた時代は1943年前のことだ。その頃の市長さんの別荘だったのが、「せせらぎ歯科」の敷地だそうだ。こんな庭園があったなんて、高台で外から見えないので知らなかった。
 
 歯の治療を受けながら、すばらしい庭園を眺めることができるなんて、こんな贅沢なことってない。
 
・「せせらぎ歯科」〒155-0033 世田谷区代田2-1-16 TEL・03-6453-4503
 
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4月1日にオープンした「せせらぎ歯科」
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最新式のレントゲン
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目の前に見渡せる日本庭園
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残念! 梅の花は散っていた。

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