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2015年5月11日 (月)

お金でころばなかった祖父!

『娼妓解放哀話』の中に出てくる祖父、伊藤富士雄の話は、興味深いものばかりだが、話が長いので短くするのが大変だ。
 現在、新宿2丁目といえばゲイの街だが、昔は赤線地帯だった。その頃の話だ。
 
「新宿2丁目のある貸座敷から、二人の連名で至急面会に来てくれという男文字の手紙がきた。しかも、その表書きには救世軍婦人救済係伊藤富士雄殿と書いてあった。
 行ってみると名前の娼妓は二人とも一軒の貸座敷にいた。来意を告げると、貸座敷では大騒ぎ、妓夫や番頭たちを非常招集して、伊藤君を奥の一室に閉じ込めてしまった。
 
 やりて婆さんがきて煙草をすすめる。吸わないというと、酒をもってくる。救世軍は禁酒だという。とうとう1時間ばかり待たされたが、面会を許さず楼主も出てこないので、伊藤君は玄関へきて大声でどなった。
『娼妓取締規則第12条には、何人といえども娼妓の通信面接、文書の閲読、物件の所持購買、その他の自由を妨害することを得ず、これに反したるものは、百円以下の罰金、もしくは、3ヶ月以下の懲役に処すとあるのは、ご存知でしょう』(祖父は法律も勉強していたとはすごい)
 
 すると楼主が飛び出してきて、低頭平身、「二人はやすんでいましたので失礼致しました。ただ今、面会いたせますから……」と言って、伊藤君を元の座敷へ押し戻し、お茶よ菓子よと言っているうちに、また1時間を過ごしてしまった。
 そこへ妓夫が現れて『旦那様、ただ今、2人がまいりました。こちらへお通し申しましょうか』と、言ったので、楼主はすぐ連れてくるようにと指図した。
 伊藤君は手紙の主だとばかり思って、ふすまの開くのを待っていると、そこへ現れたのは、56ぐらいと、70ばかりの年とった老人が2人。いきなり伊藤君の前に両手をついて、自分たちは2人の娼妓の連帯保証人で、今、自由廃業をされては、財産差し押さえの憂き目を見るから、どうか、あと2日間だけ、名簿削除の申請を待ってくれと願い、伊藤君は2人の言葉を信じられないので、ぜひ、本人たちをここへ呼んでくれという。
 
 とうとう楼主も我を折って、2人を伊藤君の前に連れてきたが、会って話してみると、2人とも学校の表も通ったことのない、無学と文盲で、登楼者に頼んでてがみを書いてもらったものの、さて廃業届を出しに警察に出頭することが、恐ろしくてたまらず、伊藤君も手のつけようがなく、そのままにして帰ってきた。
 すると、その翌朝、楼主は伊藤君の自宅へ訪ねてきて、『昨日はわざわざお出くださって、ありがとうございました。2人の娼妓は、とりあえず休業させて、親元へ帰しました。自由廃業など言い出されるのも、元は私どもの不徳から起こったことです。何分、お手柔らかにお願い致します』と言って、紙包みを伊藤君の前に差し出した。
 
『これは何です?』と言いながら包を開けてみると、中に10円札が10枚ばかり入っていた。そこで伊藤君は言った。
『お金をくださるお考えなら、これでは少し不足ですね』
 楼主は目を丸くして、だまって伊藤くんの顔を見つめていた。
『すみませんが、5千円ばかり頂戴できませんでしょうか。それだけくだされば、今日中にあなたのお家にいる娼妓を一人残らず落籍(金を出して娼妓をやめさせること)してしまいますが……』
 伊藤君の意外な言葉に、楼主は金包をふところに入れて、頭をかきながら出て行った。」
 
Img_3794
大正6年の消印のある葉書

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