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2015年8月17日 (月)

長田暁二君は、ぼくの誇りの友達だ!

 こんなにうれしい手紙をもらったことはない。ぼくのブログに「長田暁二君は駒沢大学の誇りだ!」ということを書いた。
 
 長田暁二君が『敗戦70年企画・戦争が遺した歌―歌が明かす戦争の背景』(全音楽譜出版社刊)という本を最近出版された。
「歌」という視点からもう一度「戦争」と「平和」を見つめなおす。というキャッチフレーズで。
 
 2015年7月18日の東京新聞の夕刊に「目背けず謙虚に語れ」と題して、年老いた長田君の写真入りで、インタビュー記事が載った。
 ぼくは知らなかったが、記事にこんなことが書いてある。
 
「70年前の夏、長田は海軍の志願兵に採用された。郷里・岡山の中学に通う三年生で、里帰りした兵隊の歌う「同期の桜」に憧れる軍国少年だった。
 
 新聞もラジオも「日本は負けない」「神風が吹く」と報じ、「戦争へ行け」という世論を作り続けていた。しかし、入隊が8月17日だったため命拾いした。二学期になって学校に戻ると、教師から「戦争に行こうとしたばかがいる」と言われ人間不信に陥った」
 
 長田くんは中学4年を修了して、ぼくと同じように駒沢大学の予科に入学してきた。長田くんの実家はお寺さんだったのか、児童教育部の部長をやっていたぐらいだったから、佛教科かもしれない。
 児童教育部の学生たちは、都内の寺院に派遣されて、子どもたちに曹洞宗の布教活動をしていた。わが家の近くの森巌寺に、ぼくの子供の頃、駒大の児童教育部の学生が日曜学校を開いていたことがある。
 
 長田くんは駒大を卒業後、キングレコードに入社、童謡担当ディレクターを振り出しに、芸術賞1回、日本レコード大賞企画賞3回、童謡賞7回。ヒットした「下町の太陽」も彼の仕事だ。現在は音楽文化研究家、音楽プロデューサーとして活躍し、著書も100冊を越える。
 
 ぼくがスクーターに乗っていた頃は、長田くんがディレクターとして活躍していたので、よく職場を訪ねた。そんな時代に、ぼくの『ぼくどうして涙がでるの』をレコード化してくれた。
 長田君はぼくと違って、パーティはお嫌いなのか、100冊を越す本を出版していても出版記念会などしたことはない。
 
 70歳の古希のお祝いの会をホテルで開いたが、それも友達と二人での会だった。歌手や、作詞家、作曲家の人たちも招かれていたが、駒大関係ではぼくひとりだった。
 
 それから早くも時が流れて、15年は経っている。その間にもぼくは出版を祝う会を銀座のキャバレー「白い
ばら」で3回も開いた。その前にも「赤坂プリンスホテル」で豪華なパーティを開いているが、案内状は出していても、長田君はいつも欠席だ。よっぽどパーティ嫌いなのかもしれない。
 
 そんな長田君から昨日、手紙が送られてきた。長田君はネットなど見ていないのだろうか。800頁もの大作は、原稿用紙に書いたのだろうか。頭のいい長田君だから、ネットなど使いこなしているのかも。
 ぼくのブログを全音楽出版社の編集部の人が読んで長田君に送ったらしい。
 
「拝読して懐かしいやら嬉しいやらで涙が止まりません。有難うございました。持つべきは友達と、しみじみ感じているところです。」
 
『戦争が遺した歌』は、もう再版されたそうだ。「持つべきは友達」と言ってくれた長田君、なんとしても本を買わねば!
 
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