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2015年11月

2015年11月30日 (月)

いつか誰にでも、老いは必ずやってくる!

 松下芳雄のペンネームで、小説、イラスト、映画評など、『薔薇族』に貢献してくれた方がいた。
 松下さんは大阪の出身で、芸者をしていた母親が14歳で生んだそうだ。松下さんは大阪を舞台に自分の生涯を何年も前から書き続けてきた。
 
 松下さんはなんとしても本にしたいと願って、ぼくに相談をもちかけてきた。しかし、今の時代、無名の人が書いた小説を本にしてくれる出版社はない。自費出版をするしかないのだ。
 ある出版社に頼んでみたが、ことわられてしまった。本が売れない時代なのだから仕方がない。
 
 松下さん、85歳になるが生活保護を受けてひとりで暮らしている。今まで病気などになったことがないのに、今になって入院生活をおくっている。どうにも助けてあげられない。『薔薇族』の投稿欄に、こんな寂しい、老いへの不安を訴える投稿が載っていた。
 
「去年の8月から入院していた父親が、他界しました。人間の死なんて本当にはかないものだと、つくづく思い知らされました。
 死人の行く先は、ごみと一緒だなんて、あまりにも悲しい事実です。
 中学、高校時代、大人になってからも、まったくといっていいほど、顔を合わせても話ひとつしなかった父親。
 
 自分にとってみれば、ただけむたいだけの存在だった人なのに、やはり親子って不思議なものだと思います。死が間近になったとき、やっぱり肉親のことばかり思うのが親子なんでしょうか。
 もっと、もっと親孝行すべきだったと思います。葬式後、身内が集まっての話のなかですぐにとりあげられるのは、私の結婚についてです。40代でいまだに独身。ましてや親元から遠くはなれて暮らすひとり者を、年老いた母親、そして兄弟たちは必要以上に気にかけてくれます。
 
 とても嬉しいことなのに、その半面、そっとしておいてほしいと願わずにはいられない日々。
 自分の性癖をすべて話してしまったら、どんなに楽になることだろう。もっと気楽に過ごしていけるだろうにと、思わずにはいられません。
 でも病気がちの母親に、そして兄弟たちには、口がさけても自分がゲイだと、どうしても話せません。
 この歳になってひとりぼっちは、本当に心の底からさびしいものです。若いときには誰でも、自分が年をとるなんて考えるすべもありません。
 
 ましてや中年のおじさんなんて、若い子から見れば、鳥肌が立つくらい嫌な存在なのかもしれません。実際に自分も若いときには40歳くらいのおじさんなんて、見向きもしませんでした。
 でも、いつか誰にでも老いは必ずやってくるのです。人間は寂しく、弱い生きものだと思います。ましてや私のようなものにとっては、老いについてものすごく不安があり、そのときをいかに充実した年代にしてゆくか大きな問題と思っています。
 
 だから、自分の生き方をみなさん、いまいちど振り返ってみてください。そして、どうか、人の痛みとか、苦しみが分かる人間であってほしいと思います。(福岡県・くつろぎ)」
 
 松下芳雄さんは天涯孤独、病気になってしまったら、どんなにかさびしいことか。福岡のくつろぎさんの老いへの不安、ゲイの人で独身者だったら、みんな考えることだ。
 ぼくだって83歳まで過ぎてしまえば、あっという間だ。助けあって生きるしかない。

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2015年11月28日 (土)

好みじゃない男と性しているような!

『薔薇族』が創刊された、1970年代はゲイであっても異性と結婚しないわけにはいかなかった。
 その頃、新宿の「伊藤文学の談話室・祭」で「百合族と薔薇族のお見合いの会」を企画したが、結局、男性ばかり30人もの人が集まり、女性は電話をかけてきた人は、何人かいたが出席者はゼロだった。
 
 その時、出会った群馬県の男性と東君と、ぼくは誌上で対談をした。この男性、結婚願望の強い人で、父の経営するお店で働いていて、兄姉は女ばかり、両親と一緒に住んでいるのでどうしても結婚しないわけにいかなかった。
 
 お見合いで結婚したが、その夫婦生活はうまくいったのだろうか? 長い対談なので肝心のところだけ書いてみる。
 
 伊藤・手なんか握ったりしたことはあったのですか?
 
 ・そんなことはしません。
 
 伊藤・なんにもしないで、結婚式をあげて、すぐに結婚初夜を迎えたのですね。
 
 ・式のあとで私も疲れているし、向こうも疲れているから、挿入までいかなかったが、双方が裸で寝ました。
 5泊6日の旅行でした。
 
 伊藤・家に帰ってきてセックスをして、なんとなくうまくいったわけですか。かなり覚悟がいるものなのかな。
 
 ・まあ、覚悟でしょうね。緊張するから。結合しなくちゃという焦りがあるからね。
 
 伊藤・そんなに感動しないものですか。義務を果たしたというくらいですか。
 
 ・そうですね。
 
 伊藤・それほど好きじゃないのと、セックスをするわけだから、感激はないわけね。正直にいって。
 
 ・たとえば相手が男だったとしても、好みがあるわけでしょう。好みでない人とセックスしたときの感じですね。
 
 伊藤・自分の好みの人じゃないということは、男の場合だってあるわけです。そのときはそれほど夢中にならない。だいたいそれと同じような感じなんですね。
 
 ・ええ、気持ちはね。
 
 伊藤・なんとなくわかるけれども早い話、好みじゃない人と、一緒になったわけですよね。それを続けなきゃならないのだから、これから何十年か一緒にいなきゃならない。だけど好みになるわけがないでしょう。
 今まで君のお母さんがやっていたことを彼女がやらなくてはならない。
 
 ・そうそう、朝と夜の食事の支度はしなくちゃならない。そのほかに洗濯もしなくてはならない。家に帰ってきてからやることはあるわけですね。
 
 伊藤・けっこうあるよね。
 
 ・そういうことをこなしていく。それから今まではたまに、都合をつけて会っていたという程度だったから、実際に二人で一緒に住むという点では、結婚してから双方が同じ立場でやっているわけだし、常にセックスのことだけ頭にある状態じゃないわけです。
 
 伊藤・第三者はどうしても、そのことばかり考えちゃうけどね。いまのところは、あっという間に過ぎちゃったわけだ。
 
 ・セックスに関しては、回数はたしかに少ないです。
 
 伊藤・片方の指で数えるぐらい。
 
 ・そうですね。」
 
 まだまだ話は続く。なんと16頁も使っている。この時代、ぼくは読者の異性との結婚について頭を悩ましていた。
 異性と結婚しなければならない読者に少しでも参考になればと考えて、根掘り葉掘り聞いてしまった。東君、数年にして離婚してしまった。子供はいなかった。

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2015年11月23日 (月)

いろんな夫婦がいるもんだ!

『薔薇族』には「人生薔薇模様」という読者からの投稿頁があった。小学校6年生からの投稿があってびっくりしたり、『薔薇族』ほど多種多様の読者に支えられた雑誌はなかったろう。
 
 この投稿は「家族に知られて悩むぼく」という投稿を読んでの投稿だ。
 
「あなたは、きっと気の弱い青年なのかもしれませんね。おそらく心のやさしい人と思います。世の中には善良な人間ばかりはいないということです。簡単に人の話は信じないことです。
 
 私はI君のようなこととは違いますが、私も同性が好きで、今までに何人もの男性と関係を持ってきました。
 その中の2,3人の人は、私からお金を借りて、いまだに返してくれません。催促すると、都合が悪いとか、給料日まで待ってくれとか、しまいにはあなたも適当に楽しんだからいいだろうとまで言われてしまった。
 
 これではお互いの愛などあろうはずはない。それ以後、人には金品を貸さないことにしている。
 I君、人間不信にならないで、がんばってください。愛読者の中には、善良な人も沢山おります。
 
 私のことを紹介します。私は34歳です。私の家族は妻、34歳。長女6歳、長男2歳、妻の母親、73歳の5人家族です。
 私が『薔薇族』の愛読者であることは、妻もよく知っております。最初、寝室で読んでいるところを妻に見つかり、しまったと思ったが後の祭り。
 
 「お父さん、ホモだったの? 知らなかった。でも、子どもがいるんだから家の中には持ち込まないで」と。
 
 女に浮気されるより、よっぽどましだと言われ、私のほうがびっくりしてしまった。ときどき、男同士ってそんなにいいものなの? 分からないなあと、妻は首をひねります。
 今は女房と2人で『薔薇族』を読んでいます。この投稿も女房が書け、書けと言うので書いた次第です。
 女房もI君に同情しています。気の毒だって。
 
「私みたいな女だっているんだから、しっかりしてね」
 
 そう言っています。最後に男同士のセックスも、男と女のセックスも同じです。
 私の場合、言えることは、愛情がなければくずれやすいこと。とくに同性というのは長続きしないのは、どうしてなのだろうか? これは私に妻子があるからというわけでなく1人の時もそうであったので、みなさんはどうですか。(東京都・誠)」
 
 地方の方だと思ったら、東京に住んでいる男性のようだ。女房の母親とも一緒に住んでいるとは心のやさしい人に違いない。
 こういう太っ腹の女性がいないわけではなかったが、亭主がゲイだと知ると、離婚ということになってしまうことが多かった。
 相手が男だと知ると、女性から見ると、不潔感を持ってしまうのだろう。相手が女性なら、世間にはよくあることだからと、許してしまうことが多いようだ。
 
 この投稿は『薔薇族』を創刊して数年が経った頃のものだ。この頃から見たら今の世の中、かなり変化しているに違いない。
『薔薇族』が廃刊になってから、早いもので10年を越す。若い人は『薔薇族』といっても知らない人が多くなっているのは当然のことだ。
 
 ゲイの人たちにとって、今の世の中、よくなっているのか、悪くなっているのか、ネットを見ないから知る由もない。山のように送られてきた読者からの手紙、夢のようだ。

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2015年11月21日 (土)

思うようにならない厄介な代物!

 男の下半身って、勝手にボッキしてしまうのだから厄介な存在だ。1998年の8月号の『薔薇族』に読者アンケートが特集されていて、そのタイトルが「突然ボッキしちまったよう!」だ。
 
 女性には理解できないだろうが、理性で制御出来ない、男の生理を知ってもらいたい。
 
「膀胱炎になり、尿検査だけですむと思い、泌尿器科へ行ったら、パンツまでおろされてピンピンになった。(匿名・21歳)」
 
「中学時代、金玉握りが大流行。僕はやったりやられたりしたことはないけど、その話を聞くだけでボッキ。(福岡・25歳)」
 
「金玉握り」って、敗戦直後のぼくの世田谷学園時代、同期会に必ず出席してくれる宮川君が、後ろから握られて、顔が真っ赤になっている姿を鮮明に覚えている。
 
「コンビニのレジに並んでいたら、前にいた大学生ふうの若者が小銭を落として、拾おうと前かがみになり、なんとカレのケツがモロ俺の股間に当たってしまった。
 あのピッタリ、フィットしたGパンの形のいいケツが……と、思わずボッキ。恥ずかしさから買い忘れたものがあるフリをして、革ジャンで前を隠しながら列からはずれたけど。若い男のケツは罪つくりだよな。(東京・35歳)」
 
「別府に温泉旅行に行く途中のこと。わざと高速をさけ、裏道を猛スピードで走っていたら、待ち伏せしていたパトカーに捕まってしまった。
 運転していた俺だけパトカーの中に呼ばれたが、あんまり警官がかっこよかったんで、ついボッキ。
 注意が終わっても、この状態じゃ出るに出られず、しばらく警官に謝り続けた。でも何度謝っても罰金一万二千円は取られた。(福岡・20歳)」
 
 よく違反しそうなところで、待ち伏せしているけど、点数稼ぎでひきょうだな。
 
「上野のK映画館へ行った。立ち見の若いコが、オジサンにしごかれていた。そのコは気持ちよさそうに目をつぶっていた。
 それを見て思わずボッキ。誰か俺のもやってくれと、心のなかで叫んでしまった。(東京・28歳)」
 
「ドラえもんののび太の半ズボン姿でボッキしちゃいました。そ〜さ、俺は変態だよ。
 ポケベルのバイブが震えるのを見て勃っちゃいました。震えるのを見ていると、へんなことを考えちゃって。こんなオイラはダメ人間だよ。(福岡・20歳)」
 
「近所のスーパーの制服は、白で生地も薄いので、ちょっとかがんだりすると、下着の柄まで見えたりします。
 先日、茶髪の兄ちゃんが、お尻をこちらにむけてお仕事をしていたが、ピンクとブルーの縞模様の超ビキニ。思わずビンビン。とっさに買い物カゴで前を隠しました。下着フェチの俺にはたまりません。(愛知・42歳)」
 
「体をこわして国立病院へ行ったときのこと。おお、美形のセンセーが多いではないか。
 わくわくしながら診察室へ。32歳ぐらいの美形のセンセーに体を触られながら、頭のなかでは別のことを考えて……。
「これだけ元気ならすぐに治りますよ。」
 ボッキしたマラを見たセンセーの一言。(大阪・30歳)」
 
「会社の社員研修で自衛隊に体験入隊させられました。訓練はイヤだったけど、入浴はチト心まち。
 40〜50人が一斉に前も隠さず入浴。もちろん見放題! ついムラムラしてエレクト。ボッキしたものを股にはさんで、ごまかしたけど。あせった。(徳島・38歳)」
 
 若いっていいな。ちぢんだままのオチンチン。あわれとしか言いようがない。

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2015年11月16日 (月)

「白いばら」はいつまでも咲き続ける!

 2015年10月26日の東京新聞朝刊に「夜の銀座 見つめて50年」の見出しで、銀座で一軒だけ生き残っている「キャバレー・白いバラ」の元店長、山崎征一郎さんの著書『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』が紹介されていた。
 
「白いばら」で、ぼくは3度も出版を祝う会を開いたし、数年前に亡くなられた先代の社長、大住政弘さんとも親しかった。山崎さんとは『裸の女房』『やらないか』の出版を祝う会で、お世話になったので、すぐに読んでみたかった。
 
 息子の嫁に頼んで、ネットでアマゾンに注文してもらったら、なんと翌日に宅配で送られてきた。書店に頼んだら、一週間、早くても3、4日はかかるのに。
 包装している袋もよくできていて、ハサミをつかわなくても、すぐに取り出せるようになっている。
 ああ、これでは書店がつぶれるのは当然のことだ。
 
 帯に入れるキャッチフレーズのような長いタイトル。白地のカバアに白いばらが型押ししているが、あまり目立たない。
 本の作りが良くない、安っぽい。山崎さんは店長としての風格がからだからにじみ出ていた。もっと重厚な本にしてほしかった。
 
「今、鏡の中にいる、柔らかな表情の自分、この顔はお客様との日々でつくられたものだと。」と書いているが、笑顔の山崎さんの顔は、50年という歳月が作り出した顔だ。
「白いばら」の建物は古い。年季の入った建物だからこそ、清潔感に気を使う必要があると、開業前に二時間もかけて掃除を全社員でする。トイレは新人が担当されるが、トイレ掃除をするために入ったのではないと、早々に辞める人もいるそうだ。
 
 ぼくも何度かトイレに入ったが、ピカピカにみがきあげられていた。建物は今後も建て替える予定はないそうだ。建て替えてしまったらお客様から支持されている「変わらない良さ」を失ってしまうからだ。
 
 社長と山崎さんは、全国のキャバレーを見て回っている。つぶれていく店の共通点は、「汚い」「覇気がない」「暗い」「淀んでいる」そんな言葉がピッタリ、そして従業員が自分の店の悪口を口々に言う。
 
 銀座2丁目にあった店の話。「その店もやはり暗くて汚れている。窓ガラスが上半分と下半分で色が違っていること、手の届く範囲しか拭いていない。恐らく開店前に店員がやっつけで掃除をしているからだ。」
 
「白いばら」では、窓を拭くときには脚立を立て、隅から隅まできちんと拭く。
 ぼくは学生時代に銀座のお店の窓ガラスを拭くアルバイトをしていたので、お店に入ると、窓ガラスが汚れていると気になってしまう。繁盛しているお店は掃除が行き届いてるものだ。
 
「白いばら」のホステスの心得が、13箇条もある。
 
「1・女らしさを忘れてはなるません。女性は男性の男らしさにひかれるように、男性も女性の女らしさにひかれます。」
「7・お客様はほめるに限ります。お客様ばかりでなく、お友だちから男子職員まで、ほめてごらんなさい。長い間にあなたのプラスになります」
 
 キャバレーって、世の中の景気、不景気に影響される。50年、生き抜いてきたということは、大変なことだ。
 月に一度ぐらいは「白いばら」に行きたい、すばらしいショウを見たいと思うけど、それができないとは情けない。それにしても山崎さんってすごい人だ。

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2015年11月14日 (土)

老人に夢と希望を与えて!

 幼いころに父親を亡くすと、父親像を求めて老人を愛するようになると言われる。それを証明するような投稿を見つけた。
 
「ぼくはこの道を知って2年あまりで、今は社会人。フケ専と人はいうけれど、幼いときに父を亡くし、母一人の手で育てられたからか、同年のものより年上のそれもお父さんって呼ぶにふさわしい年齢の人とばかり交際しています。
 
 体を合わせ、しわだらけの顔をいっぱいに笑いで表現して、生きている喜びにふるえる人もいます。ぼくのことを「君と今日あえてうれしいよ。もっと長生きしようという気持ちになった。ありがとう」
「よく、こんな年寄りと遊んでくれたね。夕食をごちそうさせてくれたまえ。」
「楽しかったよ、また会ってくれないか、君の好きなシャツでも、ブルゾンでもプレゼントするよ。何がいいかな、今日のお礼にね」
「ああ、生きていてよかったよ。こんなに燃えたのは初めてだよ。君は若いのに、なかなかSEXが上手だね。私もまだまだ捨てたもんじゃない。70歳の初春はラッキーだ」
「君だけ満足させて私は申し訳ないよ。いくら気をやろうと思っても、このホースがね、小便だすだけの役しかなくて残念だ。
 悪かったね。でも抱き合っているだけで私は幸福だったよ。これ少ないが何か買ってくれよ
。僅かだから気にすることはないよ。シャツ一枚買ったら終わりだ。」
 
 そう言って、一万円くれる人もいた。
 確かに全ての人がSEXに満足してくれることはなかった。アゴが疲れるぐらいにペニスをしゃぶってやっても、いっこうに勃たない人もいる。でもなかには若者顔負けのピンピンの人もいる。使い込んだ淫水焼けした、赤黒い色をしたペニスを見るたび、人生の経験を積んだ、さびがありわびがあった。
 太くて長い人、太いけれど短い人、細いけれど長くて先が曲がっている人、短小の人など。
 
「生きてきて60年余、私はこの小さいオチンコに悩み続けてきたんだ。死ぬまでに太く長くなれたらと思い続けてきたが、このまま死ぬんだと思うと、こんなチンコつけて産んでくれた親をうらむよ。君のようにでかいチンコ持ってる人がうらやましいんだ。君は本当に幸せだな」
 
「そんなことないですよ。チンコの大小なんてこういうときなんでもなんでもないですよ。要は心です。ハートですよ。いくらでかくても射精する時間はみな同じだと、医者から聞きましたよ。
 こうして抱き合って楽しくSEXできればそれが最高でしょう。」
 
「君は若いのに偉いんだね。年寄りの私をなぐさめてくれる心を持っているんだから」
 
 そう言ってよろこんでくれる人もいる。ぼくは交際する年上の人が、よろこんでくれて明日への生きる希望の灯をともしてくれたとしたら、フケ専もまた世のため、人のためになっていることと思う。
 
 心をこめてつくしてやる、ただそれだけのこと。あとの食事や、金や、物を買ってくれるのは、その人のかってであり、ぼくは一度もそうしたことを相手の人に要求したことはない。しかし、相手の人の好意は素直に受けている。
 
 ぼくは社会奉仕、老人に夢を与えていると信じて、これからもフケ専に徹して生きてゆく考えである。」
 
 老人に生きるよろこびを与えてくれる、こんな若者ばかりだといいのだが。
 
 女性とセックスはもうできないけれど、老人のぼくとデートして、食事をしたり、お茶をのんだりしてくれる若い女性がいるということは、幸せなことだ。

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2015年11月 9日 (月)

愛がなくても、ひとりの人間として!

 30年も前の日本のゲイたちは、女性と結婚しないわけにいかなかった。「わが妻、それは哀妻?」という告白手記が1985年5月号に載っている。群馬県の田丸勲さんからのものだ。
 
「定年を一年後にひかえた今、私は悩んでいる。退職したら家庭にひっこんでしまうことになる。あの妻と毎日顔を合わせて生活しなければならないのだ。それを思っただけでもぞっとする。職についている現在は単身赴任なのだ。ずっとそうであった。私の場合は単身赴任万々歳であったのだ。
 
 結婚式の夜、いわゆる初夜、私はそのことを思いおびえた。やっぱりできなかった。「今日は気疲れが大きいからね」と、あっさりと思いやりの態度を妻は示してくれた。横に女が寝ているというだけで私は嫌悪感を感じ、体の片側、女の方の側がモゾモゾと気持ち悪く眠れなかった。
 
 それから夜の来るのが怖くて、嫌で夕方になると胃の痛みを覚えるようになった。毎晩試みてみるが、どうしてもできなかった。
 そしてまる一年半、なんとかかんとか、疲れてるのだとかごまかして日が過ぎた。そのころは妻も積極的になり、寝床の中で私に抱きついたり、キスしたり、正常な夫婦なら当然のことだが、私には嫌でたまらず、まるで動物に抱きつかれているような不快感、身の毛もよだつような不快感……。ぞっとしてジンマシンでも出そうな感触であった。それをじっと耐えた。
 
 二年目、ふと暗くして、横に寝ているのは嫌な妻ではなく、あのかわいいタカシ少年(当時、私は中三のタカシを愛していた)だと思おうと、名案が浮かんだのだ。それが成功した。
 あのタカシの顔を思い浮かべ、タカシと抱き合った時のことを想起し、タカシの中三のくせにもう大人並みのあれを思い……。そうしたらなんと、あの嫌な妻という女性とのセックスが成功したのだ。
 
 それからいつも夜は部屋を暗くし、タカシを頭に描いて、タカシと寝ているのだと思い込み、空想の世界で過ごすことにした。
 妻の喜びはひとしおであった。でも、一週間に一回ぐらいであった。
 
 十年過ぎ、二十年過ぎたころ、年齢も四十歳を越すと、回数もへり、今はまったくセックスはない。妻もあきらめているようだ。
 やはり私はこの哀妻を捨てるわけにはいかぬ。なんといってもよく尽くしてくれた妻である。出来の良い女房であった。捨てたらバチが当たるだろう。私が胃の手術をしたときも、本当に献身的によく看病してくれた。
 また、いつ病気にならないとも限らない。歳を取ればなおさら助け合う相手が必要だ。愛がなくても、セックスがなくてもやはりこの妻は私にとって必要な人間である。もう女性とは思うまい。ひとりの人間として尊敬の念をもって同居しよう。
 
 そのことが、この女性にとっても大切なことなのだ。私のホモ性はどうなる? そこがつらいところだ。やはり妻に隠れて、妻にみつからないように、そっと、ほんとにひっそりと、どこかで楽しむよりほかに方法がないだろう。
 
 もう少年を連れて、山や海へも行けない。少年を泊まらせることもできない。少年を抱きしめることもできない。もう少年のオチンチンを触ったり、オナニーをしてやったり、フェラチオしてやったりもできない。
 つらいなあ。離婚する勇気がなければ、仕方がないじゃないか。」
 
 この時代は、こういう夫婦が多かった。その頃の女性は処女で結婚したら、セックスの回数が少なくても、そんなものだと思っていた。子供さんもいたし、お互いに辛抱強かった。

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2015年11月 6日 (金)

次回、「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回、「文ちゃんと語る会」は、11月28日(土)開催です。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
日時・11月28日(土)午後17時~19時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3 電話03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★どんな方でも大歓迎です。
どうぞ、お気軽にお越しください。

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2015年11月 2日 (月)

ノンケを食べた男の話

「ノンケ(女好きの男のこと)をものにするのは意外と簡単なのかなあ? この前、公衆電話(携帯なんて無い時代の話)してたんです。横に面識のあるデパートの若い男がきたのです。
 
「◯◯ですけど、××子さんお願いします。え、じゃあいいです」と言って受話器を置き、少し歩いて「これからどうしよう」というような態度をしてたんで、俺、思い切って声をかけたんだ。
 
「彼女、いなかったの? 俺も同じだから、どこかに行こうか」
 
 この青年と言葉をかわしたことないけど、顔はときどき見ているから「ウン」ということで、俺の車で出かけることになった。
 前からこんな子を食べたいと思っていたので、どこにも寄らずにいきなりラブホテルに行くという、びっくりする行動に出たのです。
 
「なんでこんなところにくんの?」
 
「今日はまだ風呂に入ってないし、ここで入ってからにしようや」
 
「そや、僕もまだや」なんて俺の考えていること想像だにしていない。
 
「一緒にはいろうか?」
 
「いいや、先に入ってよ」
 
「時間もったいないやん」
 
「そやね」
 
 背中を洗ってやると言って、少し前の方に手を回してみたら、「へんなことせんといてや」だって。しゃあないか見るだけ。
 
 部屋に戻って缶ビールを飲みながら、彼の横に座って、彼の足に手をおいてみた。彼はパンツをはいているが、俺はもちろんなんにもつけていない。
 
「なにしてんの、こわいな」「やめてや」(キスを拒否)
 
「ちょっとだけいいやんか。せっかくここに来たんや、少しだけ」
 
「いやや、なに考えてんの」
 
「早く、ちょっとの間、目をつむっていたらいいやん。減るもんやなし」
 
「待って、心の準備がいるよ」
 
「もう諦めてオイデヨ」
 
 彼の手をひいたら横にきた。すぐにパンツをとりキス。歯をしっかりかんでいるから、舌は入れられない。
 直接、ペニスに触れたらだんだん大きくなってきた。フェラをして、手でしごいたら10分ほどで、頭を越える勢いで出した。
 
 ここからがすごい。イカせたままで、上になってゆっくりバックの方に指をはわすけど、全く警戒なし。クリームを指につけて入れて、次に俺のものを有無をいわさず、一気に入れた。
 
「痛い! なにすんの〜」と逃げようとするからすごくいい。けっきょくイカなかったけどよかった。
 ノンケだから知識もないし、無防備だし、1回イカせると、女みたいに従順になってしまうみたい。迫力で行動に出ると、意外においしい。(恋泥棒・40歳・大阪府)」
 
 この読者の(薔薇族の)投稿を読んで、考えさせられてしまった。
 ぼくもノンケだが、82歳になって、ぼくに興味を持っていた関西から上京してきた坊さんに、ホテルの部屋で初めて尺八され、男のものを触ったこともなかったぼくが、無意識に相手のものを握っていた。
 
 人間の下半身って、理性にはまったく関係なく反応してしまうようにできている。おそらく女性もそうなのだろう。
 子孫を絶やさないように、下半身は理性とは別の反応をするように作られている。
「1回イカせると、女みたいに従順になってしまうみたい」
 情けないと思うけど、人間の欲望ってうまくできている。
 
 この投稿に出てくる若い男、こんな男とセックスを体験したからといって、ゲイになってしまうことはない。彼女との生活に戻っていくに違いない。

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