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2015年12月19日 (土)

ぬらないか! ヤマジュンの劇画を君のものに!

 まさか山川純一くんの劇画が「ぬりえ」の本になるなんて、考えもつかなかった。ぼくの本『裸の女房』と、『やらないか!』を本にしてくれた彩流社が企画してくれた。
 それも編集の人でなく、営業の人からの発想だった。最初は絵の裏頁は、白紙にするつもりが、取次店(本の問屋)から絵だけだと書籍扱いにできないと、クレームがついた。
 ぼくとしてはありがたかったが、ブログの中からゲイに関する読み物を絵の裏頁に入れることになってしまった。
 33作が入れられて、本に厚みが出たと思うが、「絵だけのほうが」という人もいるかもしれない。
 
「ぼくしか知らない山川純一くんを誇りに!」と題する「あとがき」を書くことができた。
 
「わが家を訪ねてきたお客さんで、部屋にあがらなかった人はいない。そんな山川純一君、ぼくが名付け親だ。
「山」と言えば「川」、誰もが知っている合言葉。「純一」は「純粋が一番」ということだ。原稿を届けにきて、稿料を渡すと立ち話だけで、玄関先でそそくさと帰っていった。
 
 ぼくはノンケ(女好き)だから、男性に対して好き嫌いはないが、2人の編集スタッフは顔が長く、髪の毛が長い男性は好みではない。劇画の内容よりも、描かれている男の顔、髪の長さが嫌だというのだからどうしようもなかった。
 
「百合族」という言葉も、ぼくが名付け親だが、「百合族の部屋」というコーナーを『薔薇族』誌上に設けたら、読者から「女性の頁など作るな!」という声が多く、やめざるをえなかった。
 
 1982年10月号の「刑事をやれ」が最初で、1987年までに、30数篇の作品を残している。
 ヤマジュンは、わが家に訪ねてくる前はアルバイトをしていたようだが、名前も住所もあかさなかった。
 白いヨレヨレの半袖シャツにGパン。ゲイに受けそうもない顔だった。ハッテン場などで遊び歩いているようにも見えないから、彼の作品は妄想から生まれたものだろう。
 
 ぼくが支払う生活保護費ぐらいの稿料で、つつましく生活していたようだ。スタッフが彼の作品を載せるなといっても、ぼくだけが彼の生活ぶりを知っているから、意見を抑えて作品を載せ続けていた。しかし、そのような声があまりにもうるさいので作品を載せなくしたが、それでも作品を持ってくれば稿料を渡していた。
 
 何ヶ月かして彼は姿を消した。それからのことは誰も知るよしもない。
 彼の作品が多くの人に支持され、愛され続けていること、ぼくしか知らないヤマジュンを誇りに思っている。」
 
 週刊誌大の大きさで70頁。『オトナのぬりえ・やらないか!』。カバアも目立つ、いい本になった。
 新宿の紀伊國屋書店本店の一階の目立つ所に置いてくれた。80冊も仕入れてくれたということは、仕入れの人が、これは売れると思ったからだろう。
 
 ヤマジュンの作品で、色がついているものはない。この本を購入してくれた人が、着色して、君だけの作品に仕上げる。ヤマジュンの世界へ入り込む、これは楽しいことではないか。
 
 銀座のキャバレー「白いばら」で、出版を祝う会を開こうと思ったが、残念ながらやめることにした。
 友人のカメラマンの中嶌英雄君のお店「まじかな」で、1月23日(土)午後2時から5時まで、会費¥3000(ワンドリンク・おつまみつき・本を進呈)楽しい会にするつもりだ。
 
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