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2016年1月16日 (土)

戦後、初めてゲイバアを開いた「夜曲」のマスターは!

 「鹿火屋 ところで東京には、こういう喫茶店や酒場はどのくらいありますか?
 
 芳村 そうですね。昨今ずいぶんできましてね。新宿に4軒、それから銀座の方は、銀座から新橋にかけて、一週間ほど前に開店したお店もありまして、それを合わせてやはり4,5軒あります。
 終戦後、21年に私がここへ店を始めましたときには、東京にはほかにはまだ1軒もなかったのです。
 ですから、その頃は、お客さんがどのくらいいらっしゃいましたことか。大変な数でした。それがだんだんあちらこちらへ、こういうお店ができるようになりまして、散らばっていったわけです。でも、やはり地方から私のお店のことを聞いて、慕ってきてくださる方もありますし、また店が古いだけに、古いお客さんがしばらくぶりに尋ねてきてくださることもありましてね。
 
 山本 銀座の店は三島由紀夫の小説(禁色)に書かれたので、宣伝にはなるけれども迷惑だと言っていますね。あそこは2階はそういうほうの人を上げますが、階下は普通の人が知らずに入っていますからね。
 
 鹿火屋 女の子からもボーイさんは好かれるでしょう?
 
 芳村 そうです。うちのボーイさんは、みんな綺麗だと言われています。それと、うちの店へ来るお客さんは、みんなきれいな人たちばかりですねと、近所の人たちが言いますが。それはやはりうちへおいでになる、こういう傾向の人たちは、とくにいい男というのではないけれども、みんなちゃんと自分の好みに合ったものを身につけていらっしゃったりしていますからね。
 
 山本 普通の世界から見れば、みんなあかぬけた人たちばかりですね。
 
 編集部 バック(肛門性交)の場合、何かぬりますか?
 
 鹿火屋 潤滑油をね。昔の陰間は丁子油などを使ったのでしょう。(注:ラブオイルの登場はまだなかった)
 
 芳村 しかし、ベテランになると別にそんなものつかいませんね。
 
 編集部 しかし、バックを好きな人は、バックが一番いいのではないでしょうか。
 
 芳村 本当に女に飽きた人は、こういう傾向でない人でも、そのほうに転向する人があるのです。とにかく軍隊でこういうことがとても普及され、その後さらにアメリカさんがきたり、それから新聞、雑誌で、ずいぶん書き立てますから、この頃は世の中の人が、ずいぶんこういうことを知っているのではないですか。
 
 編集部 三島さんの本を読んでいたら、ポマードや何かを持ち歩いているということは出ていますが、この頃はバックに使う特別の油ができているのではないですか。
 好きな男性の象徴物なんかは、立派なほうがいいのでしょうね。
 
 芳村 10のうち7,8人は大きいのを喜ぶらしいですよ。
 
 編集部 映画館の中などで、相手の見当はつきますか?
 
 杉田 普通の人の場合だと、身体が接触することは嫌いますけれども、こういうほうの人だと接触することを好みますし、それにそういう人のいる位置は大体決まっていますから、そこへ行けばたいていいるわけです。
 そして、自分が嫌なときには横に退くとか、他のほうへ言ってしまうわけです。」
 
 『風俗草子』に掲載されていたものは、もっと長かったのを、3分の1に省略したと藤田竜くんは書いている。またそれをさらに短くしてしまったが、戦後のゲイの世界、少しはご理解いただけたのでは。

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