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2016年2月27日 (土)

男と女、どっちを愛したっていいはずだ!

 ぼくは今までに10数冊の単行本を出版することが出来た。その中でも妹の紀子との共著『ぼくどうして涙がでるの』は、ベストセラーとなり、日活で映画化されヒットした。
 心臓病で苦しむ人たちに、大きな励みになることができた。
 
 ゲイ関係の本では、2006年8月15日に九天社から刊行された『薔薇よ永遠に・薔薇族編集長35年の闘い』(九天社は倒産してしまったので、古書店で見つけるしかない)がぼくとしても気に入っている本だ。
 他人のことをほめたことがない『薔薇族』の編集の相棒だった藤田竜さんと、内藤ルネさんが珍しくほめてくれたのはうれしかった。
 
 序文にぼくはこんなことを書いている。「男と女、どっちを愛したっていいはずだ」の見出しで。
 
 「当たり前のことだから、当たり前にしたい。人を殺したわけでもない、人を傷つけたわけでもない、なんにも悪いことをしているわけでもないのに、なんで隠れているの?
 女が好きな男が、いちいちおれは女が好きだなんて言わない。それは当たり前のことだから言う必要はない。それと同じように、男が好きだということを、わざわざ告白する必要もない。
 
 人間、この世に男と女しかいないのだから、どっちを愛したっていいはずだ。
 人間を造った神さまは、最初から男百パーセント、女百パーセントに造らなかった。どんな男でも多少は女の部分を持っている。女性にしてもそうだ。だから人間社会は、うまくバランスが取れているのだろう。
 
 生まれつき女性の部分を多く持って生まれてきた人、また育った環境で女性の部分が多い人、だからといって、どこからどこまでが同性愛者だという線はひけない。
 男であって女性の部分を多く持って生まれた人がいるから、その人たちは繊細な感覚を持っていて、それに適した仕事をしている。
 
 日本は江戸時代までは、同性愛については寛容だった。明治に入ってから、日本は富国強兵の時代に突入して、人口を増やさなければならない時代になってしまった。
 子どもを生むことができない同性愛は、社会の片隅に追いやられてしまったのは当然のことだ。
 太平洋戦争が敗戦に終わっても、同性愛は異常なもの、変態という目で見られ、同性愛の人たちも自らも異常だと思い込んでいた時代が続いた。
 
 『薔薇族』を創刊したのは、1971年、それ以前の昭和20年代、30年代の同性愛の人たちが悩み、苦しんでいた時代を古い雑誌を通して、ある程度知ることができた。
 『薔薇族』は「隠れていないで、明るい太陽の下に出よう!」と旗印をかかげて叫び続けてきた。
 ぼくはことあるごとに「同性愛は異常でも変態でもない!」と叫び続けてきた35年だった。世の中の人たちもかなり同性愛者にたいする理解はできてきたようだ。しかし、まだまだ多くの同性愛者たちは、ひっそりと暮らしているのが現実だ。
 
 世の中、いろんな面で大きく様変わりしてしまった。インターネットなるものが普及して、言葉が理解できれば、世界中の人たちと心が通じ合うことが可能になってしまった。
 男が好きだということが、本当に当たり前で、自然なことだと誰しもが思えるような時代が早くくることを願っている。」
 
 22年も前に書いた文章、少しずついい方向へ世の中、変化してきたのでは……。
 
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