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2016年3月26日 (土)

火葬場の立ち上る煙突の煙が!

 ぼくのブログを読んでくれている人たちが興味を持った順番がわかるようになっている。なんでそんなことがわかるのか、ぼくには理解できない。
 その一番は、ぼくの祖父、伊藤富士雄が救世軍の軍人として、大正時代に吉原のお女郎さんを苦界から救い出した話だ。
 
 祖父が話したことを沖野岩三郎という作家が昭和5年に中央公論社から刊行した『娼妓解放哀話』がネタ本だ。
 ひとつひとつの話が長いので、原稿用紙4枚ではとても紹介しきれない。ぼくは毎日のように時代劇専門チャンネルのお世話になって、3、40年前に制作された時代劇を見ているが、吉原のお女郎さんが描かれている作品が多い。
 
 最近でこそ女性は強くなってきているが、時代劇に登場してくる女性は、ひどい目に合っている。
 
 「伊藤君(祖父のこと)は、またひとつの哀れ話をした。
 年の頃、20歳ばかりに見える世にもまれな美人が訪ねてきた。会ってみると秋田県雄勝郡の者で、洲崎弁天町のある貸座敷で、しん子と名のっている娼妓であった。
 しん子は果たして病気であった。4、5日以前から休業して養生していると、楼主から仙台の方へ住みかえをするようにとの話が出たので、今住みかえさせられては生命にかかわるから、なんとかしてくれというのであった。
 
 早速、救世軍病院の医師に診察を受けさせると、肺病も肺病、もう第3期だから、婦人ホームのような多人数のいる所へ置くわけにはいかないと言った。
 さて困ったものだと思っているところへ楼主が訪ねてきた。
 
 私は呼吸が苦しくって、もう一日も稼業はできません。
 あまりにも、しん子の態度が明瞭だったので、楼主もとうとう廃業に同意して、即日、その手続をすませた。そこで伊藤君は救世軍病院に連れて行って入院させたが、非常にかしこい女性で、日曜ごとに熱心に説教を聞き、とうとう救世軍の兵士に入隊式まですましたが、その年のクリスマスの朝、病院で感謝のうちに死んでしまった。
 
 しん子の本名は芳子というのであった。両親に早く死に別れ、伯父のところで育てられたのであるが、3人姉妹とも伯父に売り飛ばされ、悲惨な境遇にいたのであった。
 死ぬ3日前に涙ににじんだ手紙が、伊藤君の手に届いたので、早速かけつけてみると、骨と皮とにやせ衰えながら、精神だけは実に確かであった。自分が亡くなったら、遺骨は埼玉にいる妹のところへ取りにくるように言ってくれと遺言した。
 
 亡くなったとき、すぐに電話で妹に知らせてやったが、なんの返事もなかった。それで伊藤君は柳原川岸の助葬会に頼んで火葬に対し、遺骨は院長室に保管を頼んでおいたが、翌年の7月にその妹というのが、5円の金を工面して、ようやくに妹の遺骨を受け取りにきて持って帰った。
 
 火葬場の煙突を見るたびに、ぼくは妹の遺骨をかかえて、泣く泣く病院を出て行った、あの妹のことを思い出す。今頃はもう妹と同じ運命に落ちているかもしれない。
 伊藤君は静かに立ち上がった。私も元気なく戸口まで伊藤君を見送った。」
 
 時代劇を見ていると、「労咳」、肺結核のことだが、咳込んだり、血を吐いたりするシーンが多い。
 肺結核の特効薬が出現して、治る病気になったが、結核病棟に長いこと入院している人が多かった。
 病気なのに働かせられていた、お女郎さん。悲惨な姿が目に浮かぶ。

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