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2016年4月23日 (土)

『薔薇族』創刊号の表紙絵は歴史に残る!

 『薔薇族』編集長奮戦記・心ある人にはわかってほしい。
 創刊15周年記念『薔薇族』増刊号として、昭和61年8月に刊行し、1万部を印刷したが千部しか売れず、返本の山となってしまった。『薔薇族』50号に寄せる読者へのオマージュ・世界はおとうとのために・寺山修司の詩・書かなくともそれはたしかに存在している
 『薔薇族』の宝物というべき詩だ。
 親友だった今は亡き國學院大學教授、阿部正路君の友情あふれる、いくつかの原稿、今読んでもじい〜んとしてくる。
 
 すべて『薔薇族』に載せられた原稿を集めたものだから、千部売れたということはすごいことなのかもしれない。
 100冊の創刊号から100号記念号までの『薔薇族』を床の上にずらっと並べて、ぼくとサングラスの藤田竜君が、感慨深そうに見つめている写真。
 「明るいところへ出ようと歩いてきました。『薔薇族』10年の編集裏話=気長と気短かのコンビで作り続けた『薔薇族』の歴史」
 12年前に『薔薇族』は廃刊になってしまったのだから、20代、30代前半の人は、『薔薇族』ってどんな雑誌だったのか知らないだろう。18ページにも及ぶ対談記事、若い人に読んでもらいたいが、とても長くて紹介しきれない。
 
伊藤 100冊の本を年代別にズラッと並べて見ていると、ほんとうにいろんな顔が書いてある。やはり10年というと長いような短いような。この表紙を見ただけでも、100人の人の顔が出ているわけですから、いろんな人に会ったし、いろんなことがあって、いろんなことが思い出されますね。
 
 藤田 いちばんの苦労って何ですか?
 
 伊藤 ウーン、いちばんの苦労ね。
 
 藤田 やっぱり、ぼくに悩まされたことでしょうか(笑)」
 
 考えてみたらゲイの人と出会って、一緒に仕事をするなんてことは、初めての経験だから、その気苦労は大変なものだった。
 ぼくはのんびりして、感情の起伏はあまりないけれど、藤田君は短気で、お天気屋、お互いに気心が知れるようになったのには、5年はかかったろうか。
 
「藤田 ともかく表紙にホモだとか、男だとかいうことは何も書けないわけですよ。それでどうしたらわからせることができるかというので、あの図柄になってきたんです。
 下半身裸でTシャツ1枚という。あの絵でどういう雑誌かというのは、ほとんどの人がわかったみたいですね。
 
 伊藤 見ただけでね。創刊号は1万部ぐらい刷ったと思うんです。実際に売れたのは、6千部から、7千部ぐらいだったと思うんだけど。
 それで『週刊文春』『週刊朝日』『週刊ポスト』『プレイボーイ』とか、『平凡パンチ』とかが、一斉に記事にしてくれたのは、幸運だったですね。だから知られるということでは、早く知られちゃったという感じはあったのですね。」
 
 今、考えてみても、創刊号の藤田竜君の表紙絵は、健康的で、いんびな感じもしないし、彼の才能が一流の週刊誌の目にとまり、記事にしてくれたのでは。
 廃刊の時もマスコミが一斉にとりあげてくれたし、創刊号でこんなにマスコミに取り上げられたということはないのでは。
 
伊藤 いちばん大変だったというか、創刊2号で桜田門のほうへ呼びだされましたからね。
 
 藤田 風紀係の扱いは、とっても紳士的。
 
 伊藤 取調室でなく、ちゃんと応接間で調書をとってくれましたからね。」
 
 とても100号までの出来事を紹介できないが、藤田竜君の雑誌作りの才能に感謝するばかりだ。
 
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