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2016年5月14日 (土)

死ぬときは手を握っていてほしい!

 「初めてT公園へ出かけた私は、入り口のベンチに座っていたTさんに会った。公園に人は多かったが、Tさんのベンチには他に誰もいなかった。
 Tさんは私のために席を広げてくれた。一目見て好感をもった私だったが、Tさんを愛の対象にできるとは思いもしなかった。
 夕焼けの空を見ながら、しばらく話し合ったあとで、私はそっとTさんの手に触れた。Tさんは私の手を外そうとはしなかった。私は思いきってTさんをホテルに誘った。
 
 Tさんは喘息で入院中とのことだった。退屈をまぎらわすために公園にきていて、物陰での遊びを知ったということだった。奥さんを亡くしたあとの老年の楽しみになっていたのかもしれない。
 ホテルでの一時間は私にとって最高の喜びだった。
 約束の日、Tさんは改札口で待っていてくれた。私の顔を見つけると、Tさんは顔中に笑みを浮かべた。私も同じだった。
 それから二人は週に二回、会うことになった。Tさんは60歳、私は35歳だった。Tさんの人柄の良さは、会うたびにあたしの心に確実に伝わった。
 
 昭和39年、67歳の年の暮れに、Tさんは気管の病気で体が弱り切っていた(中略)。
 気がかりになって私はTさんを訪れた。Tさんの部屋には酸素ボンベが置かれ、医師が診察していた。親族の人たちが集まっていた。
 私が声をかけると、Tさんはうなずいていくれた。よろこんで小さな声で応えてくれた。
 
 「死ぬときには手を握っていてほしい」と、Tさんは私によく言っていた。しかし親族の人たちがいては、長居はできなかった。「元気を出してください」と、耳元に叫んで、私はTさんから離れた。
 次の日も訪れた。もうTさんに意識はなかった。食物も薬も受け入れないということだった。
 私はアンプル入りの栄養剤を買ってきていた。Tさんの枕元にそれを置いた。Tさんが亡くなった後でTさんの次男から「親父は死ぬ前に何も口に入れなかったのに、あなたからもらったアンプルだけを飲んだ。不思議だった」と、聞かされた。この世でTさんが口にした、最後の滋養を私は贈ることができたのだ。
 
 Tさんの家に向かうとき、50米ほど手間で私はTさんの家の前の異常に気づいた。花輪が並んでいるのを見た時、足がすくんだ。開けっ放しになった奥の部屋の柩が目に入った。私は棺の前に座った。
 「夕べ親父は死にました。見てやってください」
 長男の声を聞きながら、私はTさんの顔に見入った。いつしかTさんの死に顔をなぜていた。涙があふれた。こらえきれず、喉が鳴った。
 
 火葬場へ向かう車の一台に同乗した私は、Tさんに従う従者のような心だった。
 Tさんの白骨を目の前にしたとき、私の心は冷え冷えとしていた。悲しみの極みにありながら、生けるがごときTさんが心のなかに、はっきりとあり続けた。
 その夜、私は床の中で嗚咽をこらえていた。数ヶ月、私の心は悲しみに沈んでいた。
 
 Tさんの墓は、生まれ故郷のある町の外れにある。3年間ほど命日のたびに、その墓を訪れた。Tさんは私の心の奥底に今も生き続けている。(京都府・I・A)」
 
 40年も前の時代では、ゲイの人たちは結婚しないわけにはいかなかった。息子さんたちも父親がゲイだということは知らない。
 Tさんはいい人と出会えて幸せだったのでは。ぼくがこの世を去るとき、ぼくの手を握りしめてくれる人っているのだろうか。」

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