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2016年9月 3日 (土)

母親に見つかりたたきつけられた『薔薇族』!

 『薔薇族』の文通欄で、レズビアンの女性が知り合い、うれしい手紙を送ってくれた。
 
 「薔薇通信のおかげで、すばらしい百合族の方と知り合えました。ところがその人とはあまり長く続かず、今は同じ年の本当になんでもわかりあえる恋人がいます。
 
 今、一緒にいる人、よく一緒に街へ行ったりして、とても幸せです。先日も二人で映画を見てきました。それにお互いが素敵な恋人でいようとして、服装などにも今まで以上に気をつけたり、化粧品もよいものを選んでつかったり……。
 
 ところが私の母が、その人とばかり会ったり電話したりしているので心配していたのですが、この前、私の机の下に隠していた『薔薇族』を見つけて、その夜、2、3冊の貴誌を机にたたきつけて泣くのです。
 その後、父も帰ってきて、とても情けなさそうでした。ふだんから私の父は理解はあるのですが、やはり同性愛という自分とは違う世界には理解はありませんでした。
 
 それからというものは、それとなく私を監視しているようです。電話もとりついでくれないので、映画に行った時も、外の公衆電話から連絡したのです。
 
 このままでは家の中がどうなってしまうかわからないので、誰か男友達を作ることを考えたのです。でも、普通の男だとひどく心に負担がかかるし、嫌悪感で毎日悩んでしまうので、誰か薔薇族の方と友達になりたいのです。
 
 それにしても同性愛しか感じられない私たちは、まるで人間としてかたわのように人から言われるのは、一種の人種差別ではないでしょうか」
 
 この投稿は、1979年(今から37年も前)のものだ。神戸に住む女性からの手紙だ。百合族の人たちも文通欄を使って、友人ができたということは大変うれしいことだ。
 机に叩きつけられた薔薇族の痛みはぼくの痛みとも感じられる。叩きつけられた、この痛みは忘れてはいけないのだ。
 
 鹿児島と沖縄の中間にある小さな町に住んでいる、24歳の青年の話も書いている。
 この青年は学校を卒業してからの数年間は東京に出て働いていたが、今は田舎に帰って大島つむぎを織っている。ひとり息子でもある彼は、そうせざるを得なかったのだ。
 東京にいる時は『薔薇族』をずっと読んでいたのに、田舎に帰ってからは、読みたくても手に入れるすべがなかった。
 
 いつか、この青年から、ぼくに電話がかかってきたことがあった。人口が少ない島なので、本屋は2,3軒あっても顔なじみなので買えないという。郵便で送っても母親にあけられるかもしれない。
 その後、いつの間にか、我慢できずに注文して本を送ってもらったようだ。それが母親に見つかり、その上、本の間にはさんでいた自分のヌード写真(東京にいたとき友人に撮ってもらったもの)も、見られてしまった。母親は泣くばかりだった。
 
 父親は80歳を過ぎているし、その後妻に入った母親に生まれた、一人っ子なので、母親にとっては、その嘆きは言うに言えないものがあった。
 こんな悲劇って、この世にあっていいものか。彼が悪いわけではない。まして何にも知らない母親にも罪はない。
 彼はぼくにこんなことを言う。嫁をもらって子供をつくらなければならないし、もうこうなったら生きていられないと。そう嘆く。
 
 この二人の人生、その後、どうなっただろうか。うまく生きぬいてくれていればいいのだが。
 
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