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2016年9月10日 (土)

吃音を武器にして闘った祖父!

 吃りという言葉は使ってはいけない。「吃音」というようだ。
 大正時代に吉原などから、苦界にくるしむお女郎さんを救い出す仕事をしていた、ぼくの祖父、救世軍の伊藤富士雄は、吃音者だったようだ。
 
 日本に吃音者がどのくらいいるのか知らないが、ぼくが84年生きてきて、出会った人の中に吃音者はいなかったから、その数はそう多くはないのでは。
 新聞の報道によると、吃音者の半数以上が差別されたり、いじめられたりしているようだ。
 
 ぼくの一族の中で、祖父以外に吃音者はいないから、遺伝ではないようだ。こんなときにネットで調べられないのはつらい話だ。
 
 沖野岩三郎さんが、祖父から聞き出して昭和5年に中央公論社から出版した『娼妓解放哀話』によると、「伊藤富士雄氏は、信州松代の真田藩士、伊藤録の二男で測量機製造の熟練工だったが、若いころなんとかして社会のためにつくしたいのだと思っている矢先、片山潜氏の「労働世界」かなにかを読んで、同氏と一緒に社会事業でもやろうかと考えたことがあったようだが、そっちへは行かないで、救世軍にとびこんでしまった。
 「あの男は何かやるよ!」片山氏は始終言っていたそうだが、一時、救世軍をとびだしたが、明治43年に15歳の長女を亡くしたので、再び救世軍士官となり、婦人救済係として、大正12年6月2日、下谷救世軍病院で亡くなるまで、11年3ヶ月間、専心娼妓自由廃業のために努力して、987人の娼妓に自由を與えたのである。」
 
 祖父、伊藤富士雄が、吃音者であったということ、生まれつきであったのかは分からない。どの程度どもっていたのかは知るよしもないが、救世軍に救いを求めてきた、お女郎さんを救うべく、廓の楼主に話し合いに行く。お女郎さんの親にお金を払っているのだから、救い出されてしまったら、楼主は損をしてしまう。
 話はこじれて、喧嘩腰になりかねない。そんなときに祖父は労働運動をやっていたので、経営者と渡り合いをした経験が役に立ったようだ。
 それとどもりが役に立った。話の途中でどもったりすると、喧嘩腰だった楼主が笑い出したりして、そのあと話がうまくいったようだ。
 どもることで緊張がほぐれる役になった。
 
 ぼくの親父は川柳家で、多くの作品を残したが、祖父も川柳というより狂歌を残している。
 楼主が廃業した女性の親のところに差し押さえの執達吏をさしむけたが、何も差し押さえする物品がなかった。
 
  差押え無念ばらしの玉手箱あけてくやしきあばら屋の中
 
 自由廃業のすすめを読んで、廃業した女性に。
 
  なさけあるすすめを読んでかごの鳥今日より自由の空にさえずる
 
 娘の廃業を望む親心を歌った作品。
 
  悪銭の身につくはずはけしてなし娘の嘆き聞くにつけても

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