« カミングアウトって難しい問題だ! | トップページ | 甲秀樹さんに出会ったことを誇りに! »

2016年10月29日 (土)

「祭」のあとって寂しいな!

1985年の『薔薇族』6月号に、ぼくはこんなことを書いていた。「『祭り』の役目は終わった!」と。
 
「1976年の5月18日、新宿のQフラットビルの2階に伊藤文学の談話室『祭』新宿店をオープンしてから10年になろうとしています。
 
営業時間がひるまの3時から11時までという当時としては画期的なことで、ひるまからお客が集まるかどうかを心配したものでした。
 
1976年の6月号を見てみると、後ろの方の広告ページがなかったころだったのです。
 
「全国男街13番地」というコーナーがあって、そのころぼちぼち地方にも出来はじめていたゲイバアの紹介や、ハッテン場の紹介を記事として載せていたのです。
 
ひるまの3時にシャッターを開けると、同時にお客さんが入ってきてくれたのです。ビルの前を行ったり来たりして、どうしても入ってこれずに帰ってしまった人も、たくさんいたようだ。
 
また、やっとの思いで扉を開けて入ってきてくれた諸君の息遣いが、いまでも聞こえてくるようです。高校生の諸君も来てくれたのです。
 
「僕は大阪の高校生。現在、数学の時間。昨日、4時から5時まで、たったの1時間半だけだったけど、東京の方へ行く用のついでに、仲間に入れてもらったのです。
 
なにしろ日帰りの急用だったから、店の中でも時計を見ることしきりで、まわりの人とあまり言葉をかわすことができなかったみたい。
 
しかし、どんなところにせよ、仲間が集まるところに初めて入るときは勇気のいるものですね。
 
ぼくは3回くらい、ビルの入口と、店の入口まで往復して、ようやく入れたのだから…。
 
でも、迷ったけど、勇気を出して入ってよかったな。すごくいいムードで、正直なところ驚いたのです。
 
明るくて少しも陰気なところがなくて、開放的で周囲を気にしないで、いろんなことを声を大にして語り合えそう。
 
それと、なによりもうれしかったことは、若い人が多かったこと。ぼくの横で話をしていた3人のかたたち。声をかけてくれたけど、もっと時間があれば話もできたかもしれない。
 
羽田の飛行場に着いてから考えてみて、すごく自分が東京の人間でないのが残念だった。
 
ぼくも3人の中に入って話していたかったのに…。」
 
とにかく行動する読者を『祭』は増やしたことはたしかです。初めて『祭』の扉を開けて度胸をつけるというケースが多かったに違いないのです。
 
目を閉じると、『祭』に来てくれた、いろんな人の顔が目に浮かんできます。知らない人に話しかけるということを覚えたのも『祭』のおかげです。
 
土曜、日曜のお客の多かったこと、廊下にまであふれて、入りきれないで帰っていく人も多かったのです。
 
世の中、変わってきました。160軒ものお店の広告がのるようになりました。大資本を投下しての豪華なサウナ、ホテルが次々とできてきました。
 
それに不景気が深刻になりはじめ、少しずつ『祭』の客がへりはじめてきたのです。
 
新宿駅から歩いて30分ぐらいという遠さと新宿2丁目というゲイバアが立ち並ぶ街を通り越してくることも、以前はかえってそれがよかったのですが、遠いことがお客の少なくなる原因かもしれません」
 
ぼくが雑誌づくりに追われて店に顔を出せなかったこともいけなかったのだろう。
 
美輪明宏さんのクラブ「巴里」も店を閉じたが、美輪さんと親しくなれたのも「祭」のお陰だ。いい思い出を残してくれた。

|

« カミングアウトって難しい問題だ! | トップページ | 甲秀樹さんに出会ったことを誇りに! »

コメント

祭の経営状態には興味ありました。
読者サービスの慈善事業の意味もあったのかとも思いました。
実質的な運営はどなたかにまかせていたのかや、渋谷の祭支店のことなど裏話も興味あります。
広告を出している店との関係で、その競争相手になってしまうのではないかとかもです。

投稿: | 2016年10月29日 (土) 01時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101967/64384160

この記事へのトラックバック一覧です: 「祭」のあとって寂しいな!:

« カミングアウトって難しい問題だ! | トップページ | 甲秀樹さんに出会ったことを誇りに! »