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2016年11月 7日 (月)

中村敦夫さん「戦場で散歩をしているような」

ぼくは月曜から金曜までの午前10時と、午後4時、時代劇専門チャンネルで、中村敦夫さん主演の「木枯し紋次郎」を見ている。
 
「木枯し紋次郎」は、1972年(今から44年前)テレビで放映され、中村敦夫さんの俳優としての出世作となった。
 
その当時、ぼくが見ていたかは記憶にない。
 
監督は市川崑さんだ。
 
下北沢のカフエ「織部」の店長の奥村さんが、ネットで見せてくれたが、アニメから劇映画まで多くの作品を残している方だ。
 
奥さまも有名な方だが、おふたりともこの世にいない。
 
1964年の東京オリンピックの記録映画を担当したのは、確か市川崑さんだ。
 
記録映画としてでなく、その映像が個性的で、芸術的すぎたので批判があったことは、なんとなく覚えている。
 
女房の古里は新潟の弥彦村(人口8千人ぐらい)だが、どんな田舎道でも舗装されていて、じゃり道などない。田中角栄さんのおかげだ。
 
いつだったか、本の問屋の仕入れ係の北原夫妻と、ぼくの女房とで、北原くんの古里、長野に車で行ったことがある。
 
「木枯し紋次郎」は、どこで撮影されたのかわからないが、電柱、送電線のようなものはまったく視野にない、昔のままの景色だ。
 
北原くんの古里、長野の山奥は、ひどい道だった。ぼくはあまり旅行をしないから分からないが、江戸時代のままで残っている風景は探せばまだまだあるのかもしれない。
 
「木枯し紋次郎」の描き方は、「東京オリンピック」の描き方だと思う。
 
中村敦夫さんが「木枯し紋次郎」のあとどんな仕事をされてきたのか、まったく覚えていないが、76歳になった中村敦夫さんの記事が、大きな写真入りで、毎日新聞2016年10月21日に載っていた。
 
この記事を読まなければ、毎日、テレビで「木枯し紋次郎」を見て、その映像の美しさ、中村さんの迫力ある縁起に圧倒されるだけで終わっていただろうが、突然、44年ぶりの中村さんの写真を見て、長い年月が経ったことを思い知らされた。
 
ぼくと同じ年の84歳の元都知事・石原慎太郎さん、最近、よくテレビで拝見するが、顔を見ても、よたよた歩いている姿を見ると、ああ、年をとったんだなと思う。
 
ぼくにしたって、下北沢の駅までわが家から30分はかかるが、早く歩いているつもりでも、誰もがぼくを追い抜いていく。
 
他人さまがぼくの姿を見たらどう思うのだろうか。
 
「僧籍に入った76歳。法名は中村忍舟。現在の心境を「戦場の散歩」にたとえる。
 
事故、病気などで身近な人がばたばたと倒れていく。
 
いつ自分に『弾』が当たってもおかしくない。
 
しかも合理的な説明がないまま『弾』は突然、飛んでくる。
 
戦場で散歩をしているようなものです。
 
この感覚は若いときにはわからなかった。
 
年齢を重ねて、身体能力や記憶力は衰えてきたと感じる。
 
「過去のみずみずしい体験を思い出そうとしても再現できない。
 
一生懸命勉強したこともほとんど忘れてしまう。
 
そうすると、一番重要なのは『たった今』ということになります。」
 
ぼくよりも8歳も年下の中村敦夫さんが、こんなことを語っているのを読むと、「戦場で散歩」の言葉が、ずっしりと胸を打つ。
 
こんな記事など読まないほうがよかった。
 
紋次郎がバッタ、バッタ切り倒す剣法は、道場で修行したものではない。そこが面白い。
 
何人も、何十人も切り倒して覚えたものだ。
 
ぜひ、見てほしい作品だ。
 
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