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2016年12月 5日 (月)

大阪で「バイロス展」が開かれる!

大阪で「バイロス展」が開かれる!
フランツ・フォン・バイロスという画家の名を知っている人は少ないだろう。
バイロスの研究家であった、神戸に住む山本芳樹さん、何年も前に亡くなられているが、山本さんが残された本から引用させていただく。
『わがバイロス公爵』(山本芳樹著・青森県弘前市の緑の笛豆本の会刊・昭和61年9月1日発行)手のひらに乗ってしまう豆本だ。
 
「19世紀末から20世紀のはじめに、ウィーンとミュンヘンで活躍して、58歳で貧窮のうちにその生涯を閉じたバイロス公爵(1866年〜1924年)は、まだ謎の多い画家である。
 
貴族の家に生まれながら、その経歴や彼が制作した作品の全貌が詳らかではない。
 
あれだけ優雅で艶治で、華麗な蔵書票や、挿絵を残しながら、バイロスの名は一般の美術史から黙殺されている。
 
その理由は彼の絵がエロティックで、富豪や愛書家のための小数限定の特集本の挿絵や、蔵書票が多く、それが個人の書斎の奥深くに収められてしまうと、一般の人々の目に触れる機会が少なかったためと思われる。
 
確かに彼の絵には、ひそやかに愛蔵してひとりで楽しむ官能と快楽の誘惑がある。
 
ロココの優美な装飾性と、アール・ヌーヴォーのデカダンを兼ねそなえたバイロスの耽美的なエロスの両面は、まさに世紀末のひとつの象徴ともいえる絵である。
 
エレガンスで女性的で軽やかな音楽が流れるような画面からは、繊細で甘い官能的なエロスのたわむれが、人々の感覚をくすぐり、それが背徳的で淫靡で、痴戯痴態の限りを尽くす性倒錯的な図柄であっても、バイロスの描く画面は、奇妙にクールにさめていて、感覚による美への耽溺が感ぜられても、生々しい肉の欲情からはほど遠く.罪の意識や、不潔感や、わいせつ感を抱かせない。まことに優れた作品と思わざるを得ない。
 
しかし、バイロスの作品についての評価は、彼の抜群のデッサン力や豊かな構想力を認めながらも、芸術的な力の点では、同時代のピアズレー(1872年〜1897年)やロップス(1833年〜1898年」に匹敵しがたいというのが識者の考えのようである」
 
山本芳樹さんとは親しくなり、神戸に何度も出かけたが、ぼくがバイロスはゲイではと言うと、バイロスは女好きと決め付けていて嫌な顔をされた。
 
バイロスがゲイだったのではという理由は、バイロスは兄と、2人の姉を持つ末っ子で、母親に溺愛されていたということだ。
 
バイロスは30歳で結婚している。相手は当時ウィーン社交界の花形(ワルツ王)ヨハンシュトラウスの娘だ。
ところがこの結婚はわずか1年で破局していて、理由は不明である。
 
蔵書票は本の見返しに貼るものだから、その大きさは、ハガキ大ぐらいのものだ。最初から緻密な絵を描けるわけがない。
 
ぼくがササビーズのオークションで、バイロスの蔵書票の原画を手に入れたことがあるが、新聞ぐらいの大きさだ。薔薇を何百と描いているから、おそらく当時でも、大きい絵を小さく縮小する技術があったのだろう。
 
大阪の堂山町にある「ワイアートギャラリー」が、ぼくのバイロスのコレクションを展示、即売してくれるということになった。
 
とにかくバイロスの絵を見てもらわないことには、バイロスの魅力はわからない。
 
ぼくのブログを大阪に住む人が、どのくらい見てくれているのか分からないが、ぜひ、足を運んでもらいたいものだ。
 
19世紀に描かれた蔵書票も格安で販売する。
 
絵は大きいから優れているわけではない。
小さい絵でも、短歌や俳句のように、作者が小宇宙を作り出していて、蔵書票を「紙の宝石」という人もいる。
 
ぜひ、見てください。
 
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