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2017年1月23日 (月)

弱いものいじめはなくならない!

血の繋がらない子供をいじめる継子いじめの話は昔からある。
 
今は亡き、小沢省一さんが、新潟によく来られて、田んぼを作ったり、女房の古里の隣町の地名を忘れてしまったが、古い消防署の建物を利用して、昔、使った農機具や、日用品を展示している中に、「のぞきからくり」があった。
 
 
 
かなり大きなもので、国内でも珍しく、その「のぞきからくり」を小沢さんが宣伝してくれていた。
 
箱の中に絵がかかれていて、それが紙芝居のように変わるのを女の人が独特のしゃべり方で、講談のように語る。
 
その話が悲しい継子いじめの話だった。
 
 
 
継子いじめは理解できるが、自分のおなかを痛めて産んだ子供をいじめるというのはよくわからない。
 
ぼくは親父や、おふくろからなぐられたりした記憶はない。
 
岩手県の山奥から小さな出版社の社長の家に、女中奉公として出てきた母だ。
 
小学校も冬の間は雪が降り積もり、通えなかったのだろう。
 
その出版社に勤めていた父と、結ばれることになったようだ。
 
無学の母を馬鹿にして、暴力をふるったりするのを見るのは、子供心でもいやだった。
 
 
 
1月11日の夜(この日は、ぼくの先妻の47年目の命日)「日本テレビ・スペシャルドラマ・愛を乞うひと」が放映された。
 
「文部科学省選定」とある。お役所が教育的と見て、制作費を援助したのかもしれない。
 
東京新聞の「視聴室」(番組の解説)に「幼少期に実母から虐待を受けていた女性が過去と向き合うヒューマンドラマ」とある。
 
子役の鈴木梨央の演技は、すさまじい。水を頭からかけられたり、なぐられたり、けられたり、なんで自分の子供をいじめるのか。よくわからない。
 
ぼくは理解力がないので、こみいったストーリーは苦手。
 
コマーシャルばかりが頻繁に長々と入るので、余計わからなくなる。
 
お役所が援助したということは、「児童虐待の根深い問題をあらためて考えさせられる」とあるように、今の世の中、子供を虐待する親が多いので、ドラマ化に手助けしたのだろう。
 
 
 
ぼくが中学生の頃のことだ。
 
戦後間もなくの話で、わが家のとなりの家は、代沢小学校の門前にあったお米屋さんに勤めるご主人と、その奥さん、そしてご主人の母親のおばあさん。小さな男の子と、妹の女の子が住んでいた。
 
 
その中に、どんな境遇で、この家に厄介になっているのかはわからないが、親が戦死したのか、空襲で亡くなったのだろうか。信ちゃんという小学校、4、5年の男の子がいた。
 
 
 
人間お腹が空いてくると、いらいらする。
 
とにかく戦後のことだ。食べるものがなかった。自分の子供に食べさせるのにも大変なのに、信ちゃんに食べさせるだけでも腹立たしかったのだろう。
 
ヒステリックな女で、信ちゃんをいじめまくった。
 
ヒイヒイ泣きわめく信ちゃんの泣き声が聞こえてくる。
 
泣き声を聞いているだけでもやりきれなかった。
 
高校を出てから信ちゃんは、自衛隊に入隊した。
 
 
 
もうひとり記憶に残っているのは、世田谷学園で同期の榊原憲幸君。
 
お父さんは上海陸戦隊の隊長、馬に乗っている写真を見せてもらったことがあったが戦死。
 
おばあさん、お母さん、そして妹は浜松市の空襲で亡くなり、彼だけが助かった。
 
 
 
そして戦後、おじさんの家に厄介になっていた。
 
おじさんはお父さんの弟、奥さんは他人だ。
 
子供がふたりいる。
 
いじめられるのは当然だ。
 
よくわが家に遊びにきたが、母が食べさせていた。
 
 
 
弱いものはいじめられる。
 
いつの世でも変わらない。
 
人間の本能のようなものだから。

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