三島由紀夫さん、「よしだ」に現れた!
「マスターは50代後半、妻帯していて、奥さんと娘がいた。
マスター不在の時には、奥さんが代わりをしていたから、事情をのみこんでいたのだろう。
マスターは話し好きで楽しい人柄だが、奥さんは無愛想だった。
客はふたりできて、ホテル代わりに使用する人が多い。
かわいい高校生を、それもくるたびに違う子を連れてくる教師とか、トイレなどで若い子をハントするのがうまいセールスマンとか、多い日は10組くらいの男たちが利用していた。
2つの部屋が利用中だと、ボックス席で終るのを待つわけだが、そんなとき、マスターは棒で天上をたたき、「そろそろ時間だよ」と、催促したりした。
ひとりでくる客もいる。
地元でない人が、誰かに聞いてやってくる。
マスターは好みを聞いては、電話で客を呼び出し、相手を見つけることもするが、そんなときは、わずかだが紹介料のようなものを取る。
しかし、飲み物にしろ、2階の部屋の利用料にしろ、じつに安いのだ。
マスターは若いノンケの子で相手をしてくれる子も何人かキープしてあり、そういう若者の場合は、その子にもいくらかの報酬を与えなければならないが、売り専などない頃だから、そうした利用客も多かった。
店は昼、11時頃から営業していたが、夜は遅くても10時には閉店する。
私は半年くらい、週に2、3回「よしだ」へ通った。
マスターと話をするのが楽しくて、飲んでしゃべって帰るのがほとんどだったが、4、5人は若い子を紹介してもらい、セックスの欲望を満足させてもらった。
でも2階の部屋を利用したのは、1回だけで、どうも落ち着かず、うす汚いのも嫌だったから、自分のアパートへ連れ帰っていた。
その店に三島由紀夫さんが現れたのである。
黒い革ジャンで、ぬっと入ってきた。
夜の8時頃だったと思う。私はカウンターで、常連客のひとりと飲んでいたが、三島さんはボックスに座り、そこへ出ていったマスターと話をした。
カウンターに戻ると、マスターは電話をして、お客さんがきたから、早くこいと、誰かに言った。
三島さんは無口で、マスターが大事にしている熱帯魚の水槽をのぞいたりしていた。
30分くらいそうしていたろうか。
そこへ背の高い若者が入ってきた。
工場へ勤めている24、5歳の青年で、ノンケの子、「よしだ」では人気のある、肉体が美しいと評判の子で、私も他の客に紹介されるのを何回もみていた。
三島さんは料金を支払い、その青年と連れ立って出ていった。
マスターは読書などしない人で、三島由紀夫と言っても名前すら知らない。
「へえ、小説書いてんのかね。
3、4回きたよ。
あの子がお気に入りで、今回も昼に電話で予約してからきたんだよ。
あの人、私には運送会社で働いていると言ってたと思うけど」
たしかに、その日の三島さんは、暗く革ジャンに身を包んだ、男っぽくしているホモ、そんな感じしか受けなかった。
私はまもなく恋人を得て、「よしだ」へも出入りしなくなったが、東京に戻ってからも、名古屋の恋人との仲は続き、3、4年後の夏に、彼と鳥羽国際ホテルに行ったとき、朝食のレストランで三島さんと逢った。
テーブルは離れていたけれど、三島さんは眉目秀麗な青年と同席していた。
「よしだ」でみて以来のことだし、朝食を共にしているからには、ふたりともホテルに宿泊していたと思われるから、ふたりはホモの付き合いだと、ゲスなもう妄想をめぐらしてしまった。」
これは三島さん、結婚する前の話では。
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