« 初めての近代日本の(男性同性愛者)の歴史! | トップページ | 大正時代のゲイたちはどんな? »

2017年4月17日 (月)

桜の古木と同じように、ぼくも一花咲かせるか!

3月19日で85歳の誕生日を迎えてしまった。
 
親友のカメラマンの中嶌英雄君が経営する銀座のMUSIC&BAR「まじかな」で「文ちゃん85歳の誕生を祝う会」を開いてくれた。
 
身内はひとりも出席してくれなかったが、ネットの予告を見た人達が、20名を越え、にぎやかに祝ってくれて、楽しいひとときを過ごすことができた。
 
 
Party_2
 
 
85年、太平洋戦争を体験し、食べ物が全くない、ひもじい思いをして生き抜いてきた。
 
駒大時代も暖房も、クーラーもない教室で講義を聞いた。冬はオーバーを着たまま。かじかんだ手をこすりこすりだ。
 
 
 
ぼくは青山の隠田に生まれた。
 
生後間もなくして、世田谷区北沢5丁目1-75に、親類の金持ちが、貸家を建てたので、木造二階建(家賃は25円?)の家に越してきた。
 
祖母と両親、姉と赤ん坊のぼく、妹2人はこの家で生まれた。
 
その頃は田舎の川と同じように、自然のままのきれいな水が流れていた。
 
父が撮ったものだと思うが、川に沿った道をぼくは母親に抱かれ、誰だかわからない2人の女性が歩いている写真。
 
そこには植えられたばかりの桜が、倒れないように丸太で補強されて、桜並木になっている。
 
苗木から育ったとすると、90年近くになるのでは。
 
 
 
東急バスの車庫のある「淡島」から、環状7号線の道路まで、両岸に植えられている桜は何百本あるのだろうか。
 
ソメイヨシノの桜の寿命は、6、70年と言われているから、すでに1年は通り越している。
 
 
 
世田谷区の公園課は、古木の桜が強風で倒れて、通行人がけがでもしたら大変と、根元が腐ってきたりすると、情け容赦なく切り倒してしまい、また若木に植えかえている。
 
ぼくと同じ歳の古木は、あと何本残っているのだろうか。もう半分に満たないのではないか。
 
 
 
今年もお花見が、あちこちで開かれている。
 
その日は暖かい日だった。
 
以前住んでいた家の近所で、桜並木に面した家に住んでる金子さん。
 
嫁いだ娘さん、2人のご主人と小さなお孫さんが来ていて、バーベキューをやっていたところへ通りかかった。
 
金子さんのお母さんは、ぼくの母親とも仲良しだったが、すでにこの世にいない。
 
娘さんの小さい頃、よく写真を撮ってあげたことがある。2人とも結婚して子供までいるとは。
 
金子さんは、若い頃、ハワイに渡って、事業を起こし成功した人だ。今でも年に何回もハワイに行っているそうだ。
 
肉に野菜、いろんなものを焼いて食べさせてくれた。昔話に花が咲き、楽しいお花見になった。
 
 
 
切られずに残っている桜の古木、幹にコケが付いている。
 
この姿を見ると、同じ時代を生きてきたぼくとしては、もっともっと生き抜いて、春になれば見事に花を咲かせて、見る人を楽しませてほしいと思う。
 
この桜の古木が植えられた頃のこと覚えてる人は少ないだろう。ましてや誰がこの桜並木を植えて寄贈したのか。知っている人は、ぼくしかいないかもしれない。
 
この桜並木を斎藤茂吉や、横光利一などが散歩していたのも知らないし、若い人は、森茉莉さんのことすら知らない。
 
スマホを見ることに熱中している若者たち、苔むした桜の老木が必死に生きている姿を見てほしいものだ。

|

« 初めての近代日本の(男性同性愛者)の歴史! | トップページ | 大正時代のゲイたちはどんな? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101967/65155306

この記事へのトラックバック一覧です: 桜の古木と同じように、ぼくも一花咲かせるか!:

« 初めての近代日本の(男性同性愛者)の歴史! | トップページ | 大正時代のゲイたちはどんな? »