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2017年4月22日 (土)

大正時代のゲイたちはどんな?

大正時代にゲイの人たちが、どのように生きていたかは、あまり知られていない。
 
前川直哉さんは『<男性同性愛者>の社会史』の中で、大正時代の文献を探し出して論じている。
 
「日本では大正期に流行した性欲学により、「同性愛」および「同性愛者」概念が成立した。本書では大正期においてこの新たな概念が日本に導入され、当事者たちが受容していく過程について検証する。」
 
学者の書いていることって難しい。
 
1922年5月に創刊された『性之問題研究の最高級雑誌・變態性慾』(日本精神医学会発行)
 
「雑誌『變態性慾』の読者投稿は、1巻5号(1922年9月)から、2巻5号(1923年5月)までの9号に延べ16通が掲載された。そのうち同性愛関係のとこは12通にのぼる。またその中の8通が、当事者男性すなわち「男性同性愛者」が自らの「同性愛」について語った投稿である。
 
(中略)
 
『變態性慾』に掲載された読者投稿は、数自体は少ないものの1つの投稿あたりの分量が長く、また男性同性愛に関する豊富な語りを含んでいる点で貴重である。
 
(中略)
 
「私はこの雑誌を手にしだしてから、自然私は変態性欲者であることを自覚してまいりました。
私は同性愛者で、また女性的男子であることを明らかに知ってきました。」」
 
 
 
大正時代のゲイたちは、自らも変態性欲者だと思っていたということだ。
 
投稿者の1人は、
 
「自分が「女ばかりの姉妹中の1人息子」であることを語り、「そのための細胞が常の男子とは組織が違っているのかもしれません。自分では確かに先天的だと思っています。」」
 
ぼくが男性同性愛の本を出そうと思いついた『ひとりぼっちの性生活』に寄せられた読者からの手紙にも同じようなものがあった。
 
「そして悲しいことには男の浴場に参り、男の……を見ることを大変喜びました。
 
屈強な人力車夫の偉大なる……あたりを見ると、……でもやられてみたいようなことを考えるようになりました。」
 
いつの時代でもゲイは男のアソコに目が注がれるのだ。それとゲイの悩みは、今とたいした変わりはない。
 
 
 
1つ目は自らの欲望や心情を周囲に打ち明けられないという「悩み」である。
 
それと、「好きな相手」「欲望の対象者」に自らの気持ちや欲望を打ち明けられない、という「悩み」である。
 
 
 
男性同性愛者たちの語る最も切実な悩みの一つは「相手探し」だった。
 
もう一つの「悩み」は、結婚に関する苦悩である。
 
『薔薇族』の時代になってからも「結婚」の問題が一番の「悩み」だった。
 
大正時代では、もっと、もっと深刻な問題だったと思われる。
 
 
 
雑誌『變態性慾』に寄せられた読者の投稿からしか、この時代のゲイの人たちの生きている姿を知る方法はなかったのでは。
 
 
 
その後に『變態心理』が、1923年に発行され、同8日に風俗壊乱として発売禁止処分を受けたとある。
 
「いずれにしても重要なのは、そもそも『變態性慾』誌は、「男性同性愛者」に語りの場を提供することを本来の目的としていたわけではないという点である。
 
そこに読者投稿が掲載されたのは、あくまで読み物としての掲載価値を認められてのことであり、同じような投稿が続きマンネリ化すれば、読者投稿の投稿は減っていたとも予想できる。
 
『變態性慾』が、発売禁止のリスクを冒してまで、「男性同性愛者」の投稿掲載を続ける理由は、どこにもなかったのである。」
 
 
 
『薔薇族』の出現が、いかに輝かしきものだったかは、この本を読めばわかることだ。
 
20170420

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