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2017年4月 1日 (土)

河北新報の佐藤純さんがいい話を!

仙台に本社がある河北新報の東京支社は銀座にある。その東京支社長の佐藤純さんと、ぼくの友人のカメラマン、中嶌君が経営する音楽バア「まじかな」で知り合った。
 
その後、ぼくが主催するパーティに、佐藤さんはお忙しい中を必ずといっていいほど顔を見せてくれていた。
 
佐藤さんが4月から本社のある仙台に転勤が決まったそうだ。
 
3月24日(金)夜7時からの「文ちゃん・85歳の誕生日を祝う会」をまじかなで催した。
 
 
 
ネットだけの予告だったので、10人も集まってくれればいいと思っていたら、ネットを見て初めての人も多く、20人を越す参加者が集まってくれた。
 
なによりもうれしかったのは、若い女性が10人近くも集まってくれたではないか。
 
ぼくの身内は誰1人いない。
 
すべて他人様ばかりなのに、こんなに楽しかった誕生日を祝う会はなかった。
 
みんな心やさしい人ばかりで、プレゼントも用意してきてくれていた。
 
 
 
新橋の5番出口を出て、まじかなに向かう途中の店で、小さい店だが梅干を専門に売っているお店がある。
 
ウインドウにかめに入った梅干が飾ってある。
 
梅干とはいえ高いんじゃないかなと思いながら、いつも通り過ぎていた。
 
その2、3軒先には、お香の専門店もある。
 
その梅干を5個ほど入ったプレゼント持ってきてくれた女性がいた。
 
ハンカチ、靴下、佐藤さんはシャンパンを。
 
 
 
亡くなられた団鬼六さんの奥様は、キングレコード専属の歌手で、戦後にヒットした「リンゴの唄」「青い山脈」などを歌ってくれた。
 
「青い山脈」の歌は、青春を蘇らせてくれる。
 
 
 
セクシーな太めの女性で、子供の頃からオナニーをしていると、あけっぴろげにしゃべってくれた女性もいた。
 
早速、「愛の潤滑液ラブオイル」をプレゼントしてあげた。
 
 
 
若い女性たちと話がはずんで、時計を見たら11時を過ぎてしまっていた。
 
肝心の話は、河北新報の佐藤さん、送別会を抜け出してきてくれて、大事な話をしてくれた。
 
 
 
東日本大震災から、早くも6年が過ぎた。
 
テレビで見る限り、あまり被害地に、家が立ち並んで元に戻ってるようには見えない。
 
佐藤さん、こんな話をしてくれた。
 
実際に被害に遭った人たちの体験談だ。
 
東京だっていつ地震にも襲われるかはわからない。
 
 
 
災害に備えて水や、食料を備蓄する家庭は多いが、一番の問題は、トイレだそうだ。
 
避難場所に行けば、飲み物や、おにぎりなどはすぐに届くが、問題がトイレだそうだ。
 
今はどこの家庭でも水洗便所だ。
 
地震が起これば水は止まってしまい、トイレの水は流れない。
 
男は小便なら外で済ませられるが、女性はそうはいかない。
 
なんとしても大便は始末が悪い。
 
 
 
断水や停電があっても、家庭の被害が少なければ、避難所より安心できると考え、自宅にとどまった人が少なくなかったようだ。
 
そのためには家庭のトイレ対策は欠かせない。
 
すぐにできることは携帯トイレを用意しておくことだ。
 
ネットで注文して買えるようだ。
 
そう高価なものではないから、7日間分ぐらいは備蓄しておくべきだそうだ。
 
使い方は簡単で、断水で水洗機能が使えない場合、ポリ袋を便座にかぶせ、次に携帯トイレをセット。
 
排泄後、携帯トイレだけを交換する。
 
 
 
我々は便利なものに、慣れすぎている。
 
それが使えなくなったら、どうなるのだろう。
 
ぼくは携帯電話を持たないからいいが、これが使えなくなったら。恐ろしい。
 
妙なことを考えさせられた、誕生を祝う会だった。

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