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2017年4月24日 (月)

竜さん、ひとりで作った『青年画報』

男性同性愛雑誌『薔薇族』の良き相棒だった藤田竜さんは、40年も一緒に住み、内藤ルネさんの蔭の存在として仕事をしてきた人だ。
 
『薔薇族』は竜さんにとって、初めての親分としての仕事だったに違いない。
 
創刊から3年間は表紙を描き続けてぼくにルネさんを紹介しなかった。
 
 
 
竜さん、ひとりで全てを作り出したものに、『薔薇族』の別冊『青年画報』がある。
 
№1を出したのが、1979年の夏のことだ。「あとがき」に、こんなことを書いている。
 
 
 
「だんだん校正刷り上がってくるに従い、エゲツなさが色濃くなって、それを狙ったとはいえ、我が品性が如実に見えるわけだから少しうんざりです。
 
モデルから記事まですべて僕の好みでまとめました。」とある。
 
 
 
山川純一の顔が長い、髪の毛が長い、劇画の中に描かれた男が、嫌で嫌で仕方がなかったのは、表紙のモデルを見ればわかるというものだ。
 
20170420b
 
 
『青年画報』の中の「竜さんの酒場こぼれ話・オレたちって、おしゃべりね」の頁から面白い話を紹介しよう。
 
「ヒロシがまた中学生をひっかけたんだ、映画館で。
 
あいつは体育部のお兄さんって感じで、ガキはホイホイだもんね。
 
そばで見てたことあるけど、触ったりなんかぜんぜんしないよ。からだをロコツに見せるピチピチのTシャツに、オチンコぐりぐりを、まず遠目に見せつけといて、あとでそばにいって、低い声にしちゃって「メシ、一緒に食うか」これだけ。少年はふら〜っと、ついて出ていっちゃうもんね。
 
それで、また連れ出しました。メシ食ったかどうかは知らないけど、かわいそうに、いたいけな坊やを犯したと思ってくださいね。
 
せっせ、せっせとはげんでた。坊やが足を肩に乗せてね。そうしているうちに坊やは顔を紅潮させ、息荒く、もだえるんだって。
 
ヒロシは鉱脈を探し当てた気分だって言っていたけど、うしろ初めての子らしいわけ。それがこんなに感じるなんて、これは仕込みがいがある、と、ね。
 
 
 
そのうち、出ちゃうよ、出ちゃうよって、少年が言うんだって。
 
ヒロシ、もう、せっせと腰を使いながら、うん、出せ、出せ。少年は、ああ、いいの? 出しちゃっていいの、と、あえぐんだってさあ、ね。いいから出せ、思いっきり出せって言ったら、ヒロシの上にウンコ出しちゃったんだって。
 
物理的、生理的にそういうの可能かどうか知らないけどさ、本当なんだってば。
 
ベッドの奥にまで、臭いが染み込んじゃって、今でも臭うんだって。
 
そんなときはもう心臓とまるかと思ったって。
 
教訓含んでると思わな〜い?」
 
 
 
なんともエゲつない話。今なら犯罪だ。
 
40年も前の酒場での話。本当の話かな?
 
そろそろ夏がやってくる。『薔薇族』誌上で海岸でのハッテン場情報を何度も載せたことがあったけど、今どうなっているのかな。
 
「おととい、海に行ってきた。そう、あそこ。あんなにいるとは思わなかったね。新宿で電車に乗るときから、そうだなってのがいて、それが同じ駅で、案の定、降りるんだものね。
 
ハデにやっちゃってくれちゃって、もう。
 
茂みのぞけば、バラバラ見えちゃうの。いいの、あんなでさあ。人が見てたって平気だもんね。スッパダカ同士で…。まっぴるまから。
 
もっとも一応は肌焼に行くんだから昼間で仕方ないんだけど、店やってる人は、3時になると仕込みもあるし、去っていなくなるんだって。」
 
 
 
竜さん、『薔薇族』の仕事、楽しかったのかな。

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