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2017年5月27日 (土)

大正時代の蔵書票と明治・大正の絵葉書―過ぎ去りし日の小さな絵展―

日本は古来から中国の影響で印鑑(ハンコ)の国だ。愛書家は自分の所有する書物に、蔵書印を見返しに押した。ところが西洋には印鑑はない。
 
15世紀の後半、ドイツの神父、ヨハネス・クナベンスブルグが作った木版画の蔵書票が世界最古級のひとつといわれている。
 
 
 
15世紀の中頃、ドイツのヨハン・グーテンベルグによって活版印刷が発明され、それまでの羊皮紙の手写本の世界は一変する。
 
斜めの台の上に1冊ずつ並べられていた本は印刷術の発明により、現在見られるようなスタイルの本になり、大量生産されるようになる。
 
本の数が次第に増すにつれ、整理も大変になり、まず所有者を明らかにするため、本の見返しに小紙片を貼ることが考えられたのが、蔵書票の始まりである。
 
 
 
現在に見られるようなスタイルの蔵書票をはるばるチェコスロバキア生まれのエミール・オルリックが、船で日本に浮世絵の勉強のためにやってこなければ、日本に蔵書票なるものが知られるのは、ずっと後のことになっていただろう。
 
画家としても版画家としても有名だった、エミール・オルリックが自作の蔵書票を、与謝野晶子が主宰する『明星』に4枚、紹介した。当時の芸術家、知識人が『明星』を愛読していて.その影響力は絶大だった。
 
 
 
日本の若い版画家たちがオルリックの紹介した蔵書票に版画芸術の新しいジャンルとして関心を寄せて、制作されるようになっていった。
 
 
知識人のお金持ちも自らの蔵書票の制作を若い版画家たちに依頼するようになり、大正時代が日本の蔵書票の夜明けとなった。それだけに活気に満ちた、版画家が精魂込めた作品は実に個性的で、優れた作品が多い。
 
 
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創成期の大正時代の蔵書票が、こんなに大量に出展されることはなかった。
 
台湾に住むコレクターがな亡くなり、その遺族が売りに出したものを全て購入したものだ。その値段は忘れてしまっているが、おそらく10倍以上の金額であっただろうが、この価値を認めてくださった方々に購入していただければ幸いである。
 
 
 
ぼくが渋谷の渋谷区立松濤美術館で、1993年8月4日から9月12日まで開催された「特別展 フィリップ・バロス コレクション展 絵はがき芸術の楽しみ―忘れられていた小さな絵―」この展覧会を見に行ったのは、24年も前のことだ。明治33年、1900年の政令によって逓信省は民間ではがきを印刷し、販売することを許可し、私製の郵便はがきの発行が認められ、自由な図版ができるようになったのが、絵はがきのブームのきっかけとなった。
 
 
 
明治37年・38年の日露戦争で勝利し、戦争記念絵はがきが数多く作られ、戦地との交流に絵はがきが重宝がられた。
 
フランス人のフィリップ・バロス氏のコレクションは、当代一流の日本画家や、洋画家の制作されたものだけを展示している。
 
印刷技術を見ても、現在ではとても見られない手の込んだ精巧な作りで、数種の版を併用したり、透かしを入れてみたり、仕掛けを施したり、それぞれに意匠を凝らし技術を尽くしている。
 
 
 
ぼくのコレクションは、中途半端でとてもバロス氏のコレクションの足元にも及ばないが、いい作品もあるので見つけ出してください。
 
「ワイアート」では、ネットでも買える。絵はがきはまとめ買いすると格安になるようだ。
 
文ちゃんのふところが、少しでもあたたまるように、ご支援をお願いする。
 

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