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2017年5月 8日 (月)

皮膚という衣裳を身に着けて踊っている!

藤田竜くんが全く一人で編集、制作した『青年画報』は、『薔薇族』の文字が小さくしか入っていない。
 
1号を買った読者の反響が2号の最後のページに載っている。「『薔薇族』の文字が小さいので買いやすいです。市内の書店で女性誌と並べて置いてあるところがありまして…」と札幌の読者が投稿している。
 
2号目はSM特集で、79年冬の号だ。
 
日本兵が中国の男性を数人で銃剣で刺し殺している、毎日新聞の「秘匿ネガ」が、「戦時中の人間性」と題して2枚の写真が載っている。
 
戦争っておそろしい。人間性を変えてしまうからだ。二度とこのようなことがあってはならない。
 
 
 
ぼくが先妻の舞踊家、ミカの「名作『O 嬢の物語』舞踊化の頃のこと」と題した文章が載っている。
 
文章が長いのでさわりのところだけ紹介しよう。
 
「初演は昭和42年の10月30日と31日の2日間、新宿の厚生年金会館の小ホール(700人収容)で行われた。
 
週刊新潮をはじめ、いろんな雑誌に紹介されて好評だった。
 
再演は暮れの12月26日、同じく新宿厚生年金会館小ホールで開かれた。
 
週刊誌で紹介されたこともあって、遠く北海道から駆けつけてきた人もあり、開演前に長蛇の列ができるほどだった。
 
「観客席の台の上のO嬢であるミカを見ながら観客は扉を出て行く。再演の時だった。O嬢の周りを取り囲み、何十人かのギラギラした男たちの目が、ねばりつくように注がれる。
 
公演の前日のことだった。ぼくがミカの全身の毛を剃り落として、童女のようになっていた。その裸体ににわとりの白い羽毛を全身にぬりつけたのりにはりつけたのだ。
 
下半身にはビキニの薄いパンティをつけてはいたが、それがわからないように羽毛がはりつけられていた。
 
ミカは観客の目に異様な殺気を感じた。全ての会場のライトは消されて、ミカの白い羽毛に覆われた裸身だけを浮き立たせるようにそこだけに光が当たっていた。
 
観客の中のひとりの男が、パンティの上から手を入れた。それを待っていたように、下からも、横からも、何人かの手がパンティの中にすべり込む。
 
もぐりこんだ指が、そこにあると思ったものがないのを察するかのように、びくっと手を引っ込める。のっぺりとしてそこに何にもないからだ。
 
上から入れられた指と、下から入れられた指とが、パンティーの中でさわる。お互いにぎくっとして手を引っ込める。
 
ミカは完全にO嬢になりきっていた。そのあと、そのたくさんの指が何をしたかは知らない。
 
静止した何分かが過ぎた。
 
「お疲れさま」
 
天井のライトがいっせいについて、舞台から舞台監督の荒木君がとび降りてくる。もう観客席には、1人の客もいなかった。
 
スタッフの全員が、口々に「お疲れさま」と声をかけあって、ミカの周りに集まってくる。
 
数日して、1通の手紙がミカのところに舞い込んだ。
 
白い羽毛が1枚と、完全にO嬢になりきっていたミカをほめたたえる手紙が入っていた。」
 
ミカは33歳の若さで風呂場で事故死してしまったが、もうこんな舞踊家は二度と現れないだろう。
 
興味を持たれた方は、ミカとの出会いから亡くなるまでの15年間を書いた、彩流社刊のぼくの著書「裸の女房」を読んでもらいたい。
 
この本にサインを求められると、ぼくは「ミカと出会えたことの幸せ」と書いている。

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