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2017年6月12日 (月)

蛇、蛙、とかげ、バッタ、なんでも食べて!

戦時中から戦後の食糧難の時代、何を食べて生き抜いてきたのか、あまり記憶がないが、野草でも、芋の茎でも食べた記憶はある。
 
ニューギニアの兵士たち、本土からの物資の補給を絶たれ、戦友の死んだ肉まで食べたのは事実だったようだ。
 
 
 
「蛇、蛙、とかげ、バッタは言うまでもなく、ヒル、かたつむり、ムカデ、毛虫、蝶々、アリ、クモ、ミミズも食べた。まともにのどを通らないことはわかっていても、見つけるとすぐに食指が動くのだ。
 
蝶々は羽についている粉を指で掻き落とした上で食べる。クモは一旦舌の上に乗せると、歯と舌にガサガサという食感が伝わって、不思議と脳神経を刺激する気がした。
 
とかげは昔から焼いて食べると下痢に効くと聞いていたが、ただ蟻だけは一度苦い思いをして、あとは捕まえないことにした。
 
とにかく大抵のものは焼くか煮るかすれば、何とか食べられることがわかった。そして保存できるものは、ほんの少しでも蓄えるように心がけた。
 
きのこを採りに行った日の真夜中、もとの小屋の方角に銃声を聞いて目が覚めた。翌朝行ってみると、例のとなり部隊の患者が殺され、持っていた澱粉なども全部盗みとられていた。
 
この患者グループは7名ぐらいだったが、夜間はつたに空き缶を吊るし、鳴子を二重に張りめぐらした上、めいめいが小銃を抱えたまま寝るという用心深さだったのに、どうしてこういう結果を招いたのだろう。私は暗然として、彼の屍にひざまずいた」
 
「翌日の朝、隣の小屋の患者グループ6名が再び襲われた。小銃、食料はもちろん持ち物全部が奪われたうえ、6名全部が犠牲者となった。私はあまりにも無残な6名の遺体の前に立ったまま、もはやそれを片付ける気力もなく、呆然としていた。
 
やがて遺体から悪臭が漂いはじめ、幾日かの後、白骨に変わっていった。そんな悪夢のすぎたある日、2、3人の原住民を連れた1人の日本兵が、近づいてくるのがはっきりと目に映った。夢かと思った。私は夢中で日本兵のほうに向かって走り出したが、すぐにつまずいて転んでしまった。
 
私は隣の患者グループの累々たる白骨に向かって敬礼した後、救援の人たちに抱きかかえられるようにして、ブーツを離れた。」(石塚卓三『ニューギニア東部最前線』)
 
 
 
日本兵が同胞を襲撃する話を、私は戦争中は聞いたことがありませんでした。まがりなりにも軍の秩序が守られている地域では、そんなことをすればたちまち銃殺です。しかし軍の組織が崩壊したところでは、兵士たちは原始の昔に還るのです。容易に共食いが行われたようです。戦後の収容所の中で、それに類した話を私は何回も耳にしました。
 
「あのなあ、転進者の生き残りがたむろしているところにはな、単独で兵隊を使いに出せないんだ。どこから撃たれて食われるかわからねえからだ。」
 
兵士たちが朝晩復唱させられ、金科玉条のごとく叩きこまれた軍人勅諭の精神、「一つ軍人は忠節を尽くすことを本分とすべし。一つ軍人は礼儀を正しくすべし」という精神はもはやカケラもありません。あるのは原始時代の動物の掟だけです。これらの手記が何よりも雄弁にその事実を語っています。」
 
 
 
もうこの辺で悲惨な話はよそう。しかし最近になって、戦争の匂いが立ち込めてきている。若い人たちに戦争の悲惨さを少しでも知ってもらいたかった。そんな話知りたくはないだろうが。
 
 
 
(コメントを書いてくれる人が増えてきたような。カフエ「織部」の店長に見せてもらっています。コメントを書いてくれると励みになります。よろしく。)

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