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2017年6月10日 (土)

母に会いたい!日本に帰りたい!

『地獄の日本兵=ニューギニア戦線の真相』(飯田進著・新潮社新書)どのページを開いてもアメリカ軍や、オーストラリア軍に追われて奥地へと敗退する日本兵の悲惨な姿が描かれている。
 
ぼくの伯父さん、和平おじさんの死、戦わずして、飢えとマラリアによって死んでいった兵士たちの死を無駄死にだったとは思いたくない。
 
敗戦後、72年間、日本が平和で復興・繁栄できたのも、戦場で命を落とした多くの兵士たちの思いがつながったからと考えたい。戦後送られてきた和平おじさんの骨壷に石ころが1こ入っていただけだとしても。
 
大湿地帯の行進がいかに大変だったかというくだりを記してみよう。
 
 
 
「果てしなく続く湿地と、湿地を覆い尽くすような密林の中に、戦友が知らぬ間に黙って倒れてゆく。病人や、自決したものの遺体が前進するに従い増えていった。担架に乗せられた人はもちろん、重症患者だが、乗せられない同じ程度の患者はそれより多かった。そしてその中でも比較的病状の軽いものは、担架をかつがねばならないが、それが原因で自分自身が再び動けない重病人に追いやってしまう。
 
1人の重病人の命を救うため、自分自身を再び動けない重病人に追いやってしまう。1人の重病人の命を救うため4人がその犠牲になるというケースが次第に増え始めたため、ついに『担送はしない。自力で動けないものは自分で始末せよ』という残酷な命令が出された。要するにどんな重病人でも、4人がかりの担送はやめよ。自分1人の力で自分の体を動かせないものは、その場で自決せよ、というのである。」
 
 
 
「それからさらに幾日行軍が続いたか分からぬが隊の先頭と後尾との距離は離れるばかりで、誰がどの辺りを歩いてるか見当もつかない状態になっていた。
 
私は再びしんがりを歩いていた。なんとか隊本部の所属グループに追いつこうとするが、足がいうことをきかぬ。はじめ背負子や小銃で受けた両肩と背中の擦り傷の痛みや、両腕と脛のかき傷の化膿の痛みはまだ辛抱できたが、肝心の足の痛みには堪えきれなくなった。
 
馬皮の靴はすでに先端が口をあけ、靴底は半分が外れそうになっていた。ふやけた足は小石や泥土で皮がむけ、爪先は血がにじんでいた。
 
靴を何度脱ぎ捨てようと思ったか分からぬ。しかし、かかとと甲の皮がくっついているだけで、足の保護には十分役立つので、どうしても捨てる気になれない。歩き出すと靴の先がパクパク開くため、泥ねいの中ではどうしてもうまく進めない。
 
その中の夕方近く、再びサゴ椰子やマングローブの両側に密生する深い泥沼に差しかかった。そのあたりは深いだけでなく、底の方ほど、粘土質のため両足を交互に抜くことさえ難しく、泥沼に突っ立ったまま、立ち往生のような格好になった。私は右足を泥沼から抜くべく、まず左足に力を入れ、次に半歩前のやや固いここぞと思うところを踏みつけ、どうにか右足を抜き終わった。
 
するとそのとたん、今度は左足がずるずると深い年度の中に滑り込み、膝まで浸かってそのまま後ろ向きに倒れそうになった。
 
瞬間、頭がクラックラッとして全身の力が抜けていくような感じになった。もうだめかと観念しそうになった時、突然、母の顔が目の前をかすめた。紛れもないおでこの広い顔である。やさしい目でじっと私を見つめて何かを言いたそうである。
 
「母に会いたい」「日本に帰りたい」という気持ちが、忽然と体中に湧き始めると、不思議な力が出てきた。」

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コメント

重ね重ね投稿ミスをしてしまい申し訳ありません。

文学先生の「伯父さんの死を無駄な物と考えたくない」との言葉を読んで、戦後の日本の平和の歩みは文学先生のような、彼らの犠牲を無駄としたくないという遺された方々の思いの上に築かれていたのだという事にはっと気づき、興奮の収まらぬままにコメントをしております。

また、彼らの犠牲を最後の代価として平和を築くという責務が文学先生ら戦争体験者の世代から誰に引きがれるのか?もしかしたら誰も引き継がないのではないか…?と大きな危機感を感じてしまいました。

投稿ミスを初めとした無礼をお許しください。文学先生のブログの投稿をいつも楽しみにしております。

投稿: | 2017年6月14日 (水) 20時40分

投稿ミスをしてしまい大変失礼しました。続きを書かせて頂きます

ただ理不尽な死を遂げてしまったと考えていましたが、文学先生の「叔父」

投稿: | 2017年6月14日 (水) 20時18分

一連のニューギニア戦線についての投稿を興味深く拝見させて頂きました。
絶望的な状況で餓死や病室のような無念の死に追いやられてしまった兵士の割合は同年代の世界各国の軍隊に比べると異様な程多い事に以前から関心を持っています。彼らは国の為に命を捧げたわけでもなく、ただ理不尽の前に無意味な死を遂げて

投稿: | 2017年6月14日 (水) 20時15分

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