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2017年6月17日 (土)

燃えきらない、くすぶったままの青春時代!

「昭和16年(太平洋戦争の始まった年)当時の高等小学校を出ると近くの会社に入りました。
来る日も、来る日も、使い走りや雑用ばかりの仕事に夢破れて、嫌気のさしていた私に必要以上に陰になってかばってくれた上司のA さんがいたのです。
 
今思えば少年の私が同性への憧れに芽生えたのは、この頃だったようです。でもA さんは少年の私にそれ以上のことは何もせず、単なる同情でしかなかったようです。片思いのままの毎日でした。
 
 
 
A 戦局がだんだんきびしくなった昭和18年、遠く離れた軍港の町へ徴用になり、それからの2年間の生活のなかで、色々な人たちの出会いがありましたが、工場の組長だったB さんと、寮の室長のKさんとのことが、今でも忘れられないのです。今思えば2人ともずいぶん年上だったようです。
 
その頃の私は、青年期に入ろうとする年代です。望郷の念にかられながらも懸命に働いたものです。そんな中で2人とも、食べ物のない時代に、貴重なお菓子や、煙草を人に隠れてこっそりとくれたり、休日に町の映画館に連れて行ってくれるのです。
 
戦時映画のスクリーンを見ながら、手を握ってくれたことが一度だけありました。それ以上はいくら待ってても、その手が進んで来ないのです。
 
意気地なし、いえ、私が意気地なしだったのです。40年も経った今でもその時のことを思い出すのです。
 
そしてまた、別れの時が来ました。私に出征令状が来て軍隊に入ることになったのです。
 
 
 
軍隊生活は、わずか3か月間でしたが、私の班長だったDさんとの出会いがありました。今思えば厳しい軍隊生活の中で、どうしてあのような厚意を私に示してくれたのだろうかと、不思議に思うのです。
 
夜の不寝番の順番がきても、何かと理由をつけてはずしてくれたり、ひそかに連れ出して飯を腹一杯食わせてくれ、そしてたまに入浴時には必ず私の近くにいたような気がするのです。わざと指名して背中をこすれと言ったことです。でも、それ以上のことは何もなく、終戦になったのです。
 
 
 
今、私は当時のことを振り返ってみて思うのです。過去の青春期に出会った方たちが、他人の私になぜ特別に人への情を示して、人にわけへだてまでして優しくかばい、そして励ましてくれたのか、よくわかるのです。
 
人間、誰しも同性を愛する気持ちを、大なり小なり心の底に秘めているのではないでしょうか。
 
きびしい戦時下のあの頃では、どんなに好意を持ったとしても、最後のそのことだけは言い出せなかったのだろうか? 2人きりの機会がいくらでもあったのに、互いにその言葉を待っていたかもしれないのに……。
 
私の青春時代は燃えきらない、くすぶったままで終わり、それが今現在まで続いてるのです。
 
性向を隠し通して、それぞれの職業を持ち、健全な社会人として、善き家庭を持ちながら人に打ち明けることができない、この悩みを持っている中高年の方たちがたくさんいると思うのです。私もその1人なのです。(石川県・純)」
 
 
 
『薔薇族』は、1971年の創刊なので、軍隊生活から戻ってきた人たちの投稿手記も多く、それは貴重なものだと思う。
 
近くの本屋で『薔薇族』を買うことができず、離れた所でまで買いに行く。その後、この人の人生はどうなったのだろうか。ほのぼのとしたいい話だが……。

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