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2017年6月 5日 (月)

多くの餓え死にしていった兵士たちの死は?

『地獄の日本兵』の著者の飯田進さんは、この本の序文にこんなことを記している。
 
「多くの人が忘れてしまったこと、知らないことがある、と。太平洋戦争中の戦死者数で最も多い死者は、敵と撃ち合って死んだ兵士ではなく、日本から遠く離れた戦地で置き去りにされ、飢え死にするしかなかった兵士たちなのです。
 
その無念がどれほどのものであったか、想像できるでしょうか。それは映画やテレビドラマで映像化されている悲壮感とはおよそ無縁です。これほど無残でおぞましい死はありません。2百数10万人に達する死者の最大多数は、飢えと疲労に、マラリアなどの伝染病を併発して行き倒れた兵士なのです。」
 
 
 
著者の飯田さんは、ニューギニアの戦線から生還した人だ。その体験から怒りをもってこの本を書かれたのだ。
 
ガダルカナル戦は、太平洋戦争においての日米両軍の初の本格的な戦いで、その敗北が決定的なものになってしまった。
 
「昨日、上陸地点をすぎてから、ときおり異様な臭気が鼻をつく。屍臭である。上陸当初に、生きのこりの設営部隊から、あの地点に日本兵の千人を超える屍体が雨ざらしになっているというのを、半信半疑で聞いたのであったが、まんざら嘘でもないらしい。
 
前線への強行軍の途中、落伍して本隊から離脱し、人里のないジャングルや椰子林を彷徨し、飢えと悪疫に倒れたわが友軍の屍体が、しぜんに腐敗していく臭気である。幸いに臭気だけで、屍体は雑草か木陰に隠れて目に入らないので、多少救われたような気もするのだが―。
 
ところが、今朝は進むにつれて、そのいやな臭いが非常に多く、連続的にやってくる。道程は右は椰子林から白砂につづく波打ち際、青い海原、水平線―と、まったく絵に描きたいようなのんびりとしたよい景色であるが、行く先々でこの臭気におそわれるのでは、感興もへちまもあったものではない。
 
「むっ、まただ」と鼻をおさえ、よそ見をしていないで行き過ぎるが、すぐに次の臭気が鼻をつく。」
 
 
 
激しい論議の末に、大本営はガダルカナルからの撤退を決定した。それは危険な賭けだったが、昭和18年2月、夜の闇の中で生き残った1万名の兵士が駆逐艦隊により救出され、撤収作戦は終了した。
 
3万1千人の兵力を投入したうち、2万8百人、実に67%が死亡したことになる。その大多数は飢えで命を落としたのだ。
大本営というのは東京にあり、現地の現状が分からずモールス信号で指示していて、その命令を守っていたのだから、軍隊というところは恐ろしい。
 
日本に住む日本国民は、大本営の発表でこのように報じられていた。負けたことは知らされなかったのだ。
 
「ソロモン群島ガダルカナル島において作戦中の部隊は、昨年8月以降、引き続き上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し、激戦敢闘敵戦力を激挫しつつありが、その目的を達成するに依り、2月上旬同島を撤し他に転進せしめられたり」
 
日本の国民は神国日本だから、最期はかならず勝つと信じていた。うその報道にも疑いを持たなかったのだから恐ろしい。
 
原爆を広島、長崎に落とされ多くの人が死んだというのに、軍部はまだ戦おうとしていた。武器もなく竹槍でだ。
 
 
 
敗戦から70数年が経ち、戦争の仕方も変わってきている。北朝鮮はミサイルを何発も打ち上げている。今にも戦争が起こりそうな気配が立ち込めている今、飢え死にしていった兵士たちは無駄死にだったのか、よく考えるべきではなかろうか。

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