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2017年8月

2017年8月21日 (月)

食物がなくてひもじい思いだけ!

いつのことだったか、東京新聞に大阪の「新風書房」が「孫たちへの証言」という戦争体験を募集するという記事が載っていた。
 
確か原稿用紙(400字詰)2枚でということだった。8月15日の終戦記念日を狙っての企画だと思う。
 
 
 
「このたびは「孫たちへの証言」へ、ご応募いただきありがとうございます。636篇が寄せられました。その中から82篇を選び、77篇を掲載させていただきました。」ということで、ぼくの原稿は「第2次選考」に入ったものの、入選はしなかった。
 
終戦の年は、ぼくが中学1年生の時だった。出征して戦地へ赴いた人は、生存していれば、90歳を越える人たちだ。もう戦争体験者は毎年残り少なくなっていく。
 
孫たちに戦争時代の体験を話したくても、孫はゲームに夢中で、じいさんの話など聞く耳を持たない。
 
実際のところ入選しなかったのは、幸運だったということだ。
 
ぼくが住んでいた北沢5丁目(現在は代沢5丁目)は、まったくB29の焼夷弾爆撃の被害を受けていないからだ。
 
下町の方で10万人を越す死者を出した空襲の夜も、空が真っ赤になっているのを眺めているだけで、死んだ人を見たことはなかった。
 
父も兵隊にとられなかったし、家も焼けなかった。ただ食物がなくてひもじい思いをしただけだ。こんな体験では入選するわけがない。
 
 
 
8月12日(土)夜9時からの「NHKスペシャル・本土空襲・全記録」は、まさに凄まじかった。サイパンを占領され、B29爆撃機、数百機の基地となり、そこから日本本土を爆撃する。硫黄島が占領され、今度は戦闘機で動くものは全て破壊する。原爆が落とされ降伏した。戦争って恐ろしい。
 
「孫たちへの証言」は、今回で30集になるそうだ。
 
 
 
今回からぼくのブログは、原稿用紙2枚にします。もう本になることもないので、気楽に書き続けます。

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2017年8月19日 (土)

「少年の部屋」を絶対になくさないで!

「少年の部屋」という、中高生の読者の投稿欄があるゲイ雑誌は『薔薇族』だけだった。中高生の頃に性に目覚めてきて、女性の方に目がいかない、異常ではないかと意識する少年たちのために、仲間を見つけたりすることができるようにと、考えたコーナーだった。
 
なかにはこのコーナーを悪用する大人たちもいた。そうなると規制しなくてはならなくなり、「少年の部屋」のコーナーをやめようと思うようになる。
 
世の中の全てのことで、わずかな人間が悪用するために、規制するような法律が作られ個人情報を守るための規則ができて、だんだん息苦しい世の中になっていく。
 
小学校の周りをガードマンが子供を守るために歩いてる姿を見ると、自由な時代が懐かしい。運動会には子供のいない近所の人たちも自由に校庭に出入りして応援したものだ。
 
1987年10月号の「編集室から」に、ぼくはこんなことを書いている。
 
 
 
「少年の部屋の諸君に訴える! という呼びかけをしました。少年の部屋へ忍び込もうとする何人かの心ない大人たちのために危機に立たされてしまった。
 
「少年の部屋は絶対に、絶対になくさないでください。くだらない40歳を過ぎたおじさんのために、少年の部屋をなくすなんていやだよ。
 
ぼくは大人が大嫌いだ。もちろん、ぼくだって今は少年だけど、あと40年後には、立派なおじさんになってるかもしんないけど、でも絶対に少年の夢みたいなものを忘れたくない。
 
大人なんて、すぐセックスのこととか、お金のこととかばっか考えて、最高にムカつく。そういう人ばっかじゃないと思うけど……。
 
少年の心に絶対に大人に触れてほしくない。少年にしかわからない気持ちがいっぱいあるんだ。その心を打ち明けられるのが、少年の部屋なんだから……。
 
大体おじさんに、ほいほいついていく少年なんて何を考えてんのかね。まっそれは好みの問題かもしんないけれど……。
 
大人がみんな清い心を持っていたらいいんだけどね。ぼくの意見なんて、ほとんど参考になんなかったかもしれないけど、少年の複雑な心、わかってください」
 
 
 
純粋な気持ちの持ち主の少年B 君からの手紙でした。何を呼びかけても読者から山のように手紙がくるわけではありません。あわずかな手紙だけど、いつも僕は読者を代表しているんだと思って読んでいる。
 
もう1通は大人からの手紙だ。
 
 
 
「少年の部屋を利用できるのは18歳未満、に不公平だと思っているヤングは大勢いるのでは……。
 
長文をしかもタダで、だがほとんどの人は写真や、電話番号を希望し、内容も少年らしい新鮮さ、初々しさに欠けた投稿です。ニセもいると思われます。
 
どうでしょう。これからは「チビバラ通信」でも設けて、投稿文を一般の通信文の2、3倍ぐらいまで可としては。
 
条件に生徒手帳のコピーを義務づけ、その少年あての回送文は編集部で見る権利があり、少年に負担をかけるような好ましくない文は回送しないと、改正したらどんなものでしょうか。
 
同じ年代から20代ぐらいまでを希望する少年が大部分ですが、中にはわけあって、父親との生活ができず、父親のような人と付き合いたいなと、思っている子もいるのでは……?」
 
神奈川県のFさんからのご意見だ。」
 
 
 
「少年の部屋」やめることになってしまったけど、その理由はなんだったのか?
 
B

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2017年8月14日 (月)

毎日を豊かに彩ってくれるカフエ「つゆ艸」

わずかな年金暮らしなので、無駄遣いをしてはいけないと、ここ数年、ぼくは家計簿をつけている。
 
昨日が7月の終わりだったので、計算機で集計してみた。合計で11万3996円だった。
 
年金は月にすると8万円ぐらいだから、3万4000円ぐらい赤字ということだが、雑収入がそこそこあるので、なんとかなっている。
 
衣類は以前古着で買ったものが、たくさんあるので、一切買わないし、旅行なんて何年も行ったことがない。
 
何にお金を一番使っているかというと、家族5人分の夕食のおかず代だ。息子の嫁が勤めの休みの日は、嫁が用意してくれるが、勤めが遅いときは、ぼくがスーパーで見繕って、買ってくると、女房が料理して食卓に出してくれる。
 
自宅から下北沢駅前のスーパー「オオゼキ」まで歩いて30分近くかかる。早く歩けないが、杖をつかずで今のところ途中で休まずになんとか歩いている。
 
7月に使ったカフエのコーヒー代は8800円だ。カフエ「織部」とカフエ「つゆ艸」のどちらかに、オオゼキの買い物のあとに立ち寄ることにしている。
 
「織部」の店長の奥村君とは、開店以来のお付き合いで、彼は元デザイナーだったので年賀状のデザイン、催物を開いたときのチラシのデザイン、それからネットで調べたいことがあると、すぐに調べてくれる。
 
「文ちゃんと語る会」も、この店で毎月最後の土曜日の11時から開いている。何でも相談できる友人たちがみんなこの世にいなくなっているので、息子のような奥村君が頼りになる若い友人だ。
 
 
 
カフエ「つゆ艸」は、今は7階建てのビルの1階にある。以前は古い木造の建物で、茶沢通りに面していて、カフエもあり、ご主人の露崎君は居酒屋をやっていた。
 
桜の大木が道路に面してあって、春になると見事な花を咲かせたが、ビルに建て替えられる時に切り倒されてしまった。
 
露崎君は骨董店もやっていて、ご両親とおばあさんもいて、おばあさんが店先に座っていると、それだけで絵になった。
 
おばあさんの写真を撮っておけばよかったと悔やんでいる。古い木造の2階建の建物は風格があって、雑誌に紹介もされていた。
 
 
 
作家のよしもとばななさんが、「つゆ艸」の常連で、『ku:nel・クウネル』という女性誌(マガジンハウス刊)に、「彼方の方から見てみよう」というエッセイ欄に、「センスの妙」と題して、「つゆ艸」のご夫婦のこと、お店の中の様子が実によく観察して書かれている名文だ。
 
コーヒー代に8800円も使ったなんて、みみっちいことを書いてしまったが、「つゆ艸」のカウンター(3席しかない)に座って、由美さんとおしゃべりすることが、ぼくの活力になっている。
 
コーヒー代、500円なんて安いものだ。由美さんの笑顔がぼくの心を癒してくれるからだ。ばななさんは最後にこんなことを書いている。
 
 
 
「近所の常連さんのお年寄りたちが、必ず誰かしらカウンターに座ってコーヒーを飲んでおしゃべりしている。
 
美しい内装の中に奥様の優しいうなずきが響いているのを聞いていると、この店がこの人たちの毎日を豊かに彩っているんだなあとしみじみ思う。」
 
「毎日を豊かに彩って」ぼくもそのお年寄りの1人だ。
 
A
落ち着いたカフエ「つゆ艸」

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2017年8月 7日 (月)

少年愛者は、かげろうのような恋に!

「かげろうのようなはかない恋、少年愛者に幸せな日は来るのか! マイケルの「性的虐待」の文字に思う。」
 
1993年の『薔薇族』12月号No.251に、2ページを使って、僕は見えない人たちに向かって、怒りの文章を書いている。
 
 
 
「マイケル・ジャクソンのフアンでもない僕にとって、彼がどんなスキャンダルで世間から非難されようが関係のないことだ。
 
しかし、どの雑誌、テレビを見ても、「マイケル性的虐待」の見出しなので、僕の心は穏やかではない。
 
『FOCUS』の9月10日号を見ると、「マイケルを訴えた美少年の告白―ディープキスやフェラチオも、という13歳」という見出しをつけた記事が載っている。
 
その記事によると、「マイケル・ジャクソン(35)には、セックス・スキャンダルがないと思っていたら、よりによって飛び出してきたのがホモセクシャル・ハラスメントの性的虐待容疑。今年2月から付き合っていたジョーダン・チャンドラー・シュワルツ君が父親に連れられて、心理療法のセラピストを訪ね、マイケルとの秘密について告白「初めはベッドでホッペにキスされるだけだったけど、そのうち口にキスされて、それから彼の舌が中に入ってくるようになった」と打ち明けて事件が発覚したとある。
 
それから「マスターベーションは素晴らしいことだと言ったり、お風呂に一緒に入ることを強制して、僕にフェラチオをした」というのだとある。事実とすれば、これは驚くべき犯罪だと、『FOCUS』は決めつけている。
 
 
 
『薔薇族』を出し続けてきて、いいか、悪いか判断しかねていることといえば少年愛のことだ。
 
少年愛が悪か、善かというならば、どんな偉い人でも結論を出せるものではない。もしこの世に神がいるならば、神に責任を取ってもうらうしかないからだ。
 
誰が好き好んで少年を愛の対象になどするものか。これは生まれながらに少年を好きなのだから、本人の意思では変えられない。いくら齢をとっても同じことだ。
 
少年の好みや、いろんな人がいるが、どっちにしても未成年者だから、自分のことを自分で決められない年頃の子供だ。その子供たちに手を出すこと犯罪だということはよくわかる。
 
「性的虐待」いやな言葉だ。確かに少年を殺してしまう変質者もいる。これはまさしく変質者で例外だ。女の好きな人の中にもいる。しかし、大多数の少年愛の人たちは、「性的虐待」などするものはいない。
 
 
 
マイケルに肩を持つつもりはないが、少年が好きなために自分の農園に遊園地まで作って子供たちを遊ばせ、楽しませている。そんな心やさしいマイケルが虐待などするものか。
 
少年愛は少年を愛したい、かわいがりたいという願望だ。それなのに虐待するわけがない。
 
嫌がるものをキスしたり、愛撫したりすることはよくない。ほとんどの少年愛の人たちは、空想するだけで、自分の理性で抑えている人たちだ。しかし、抑えきれなくなって、行動に走ってしまう人もいることは事実だ。
 
運よく自分の好みの少年と仲良くなれたとしても、少年は年々変化していく。そうなると、もう自分の願望の対象ではなくなってしまう。少年が自分の恋人(女性)を連れてきたりすると、悲しくなるけれど、その反面ほっとすることもあるという。
 
なんとも、はかない恋が少年愛の人たちの宿命なのだ。神よ、あなたはなんということをしてくれたのだ。このかげろうのような恋に幸せはくるのだろうか?」
 
B
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2017年8月 5日 (土)

フランス映画の1シーンのような恋!

1987年の『薔薇族』1月号NO.168の「伊藤文学のひとりごと」に、ぼくはこんなことを書いている。
 
 
 
「あるファッションモデルから、僕はこんな手紙をもらったのです。その手紙には、できるだけ文章を切り捨てないでください。私の今までの心と今の気持ちを伝えたいし、それによって彼女の気持ちも動くかもしれないからと書いてあるのです。そして相手の女性も毎号、『薔薇族』を読んでいるというのです。
 
何かフランス映画の1シーンを見ているような美しいシーンだから、僕が感激して彼女に協力しても、読者は決して怒らないと思うのです。
 
 
 
オチビちゃんへ!
 
オチビちゃん、この文を読んだら私が誰かわかるよね。貴女と初めて会ったのは、私の出てたファッション・ショウ、一番前の席で瞳を輝かせて見ていたネ。目が合ったので微笑むと、貴女は恥ずかしそうに下を向いてしまった。
 
そのあとで会場近くの喫茶店でバッタリ。貴女は下を向いたまま、真っ赤になって、「貴女がいちばん、きれいでした」と言ってくれた。そして、なぜか、貴女は私の部屋までついてきてしまった。
 
私の肩までしかない貴女を、私はオチビちゃんと呼ぶことにした。何度か訪ねてくれて貴女の気持ちに気付いていたし、かわいいとも思っていたけれど、私はこわくて貴女を抱けなかった。
 
寝つかれないで溜息ついてたのも、私の背中にそっと触れては、その手を引っ込めてたのも、みんな知っていたの。私も迷っていたけれど振り返れなかった。
 
 
 
9月4日、私の誕生日にマンションの前で私の帰りを待っていてくれた貴女。でも男の人の車から降りた私を見て、貴女は走り去ってしまった。目に涙をいっぱい浮かべて、好きだったのに……、ひとことつぶやいて…。
 
あの男性は仕事のスポンサーで食事に誘われただけなのに、そんな説明も聞かないで。電話をくれるのを待っていたのに。
 
 
 
もう、好きじゃなくなった? 私のこと忘れた? だとしたら仕方ないけれど……。
 
 
私、来春、契約が切れたら、母の待つベルギーに行きます。もし、貴女が電話をくれて、今でも同じ気持ちでいてくれるなら、必ず戻ってきて、私、貴女と一緒に人生送ってもいいと思っている。今度訪ねてくれたときは、私はもう、迷わない。今、はっきり気づいたの。
 
 
 
いつからか、貴女が私の心の中に住んでいること、今まで味わったことのない心のときめきと、いいようのない寂しさ。
 
オチビちゃん、私は貴女を愛し始めてしまったみたい……。
 
 
 
横浜市に住む、ファッション・モデルで、24歳になる女性からの愛の切々たる呼びかけの手紙なのです。
 
女の人のことを書くと嫌がる読者もいるかもしれないけれど、僕はこれが男同士ではなくて、女同士であるけれど、人間が人間を愛する気持ちに変わりはないと思うのです。まして女性同士の雑誌は日本にはないのだから、こうして『薔薇族』を読んでくれている女性になんとしても力になってあげたいのです。
 
ショウの舞台から観客席にいる人と目があって、それが恋に変わっていった。まるで小説の世界のことのように思えるけれど現実にこんな話ってあるのです。
 
僕も仙台の七夕まつりに行く夜汽車の中で出逢った女性と、恋をして結婚してしまったから、こういう偶然を信じるのです。
 
 
 
この女性たち、きっと誤解が解けて、出会い、ハッピーエンドになったと、信じています。『薔薇族』ならではの話でした。」
 
A
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2017年8月 2日 (水)

次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回「文ちゃんと語る会」は8月26日(土)開催です。
 
「胸に真っ赤な薔薇の刺青が」
 
三島剛さんのことを話します。
 
日時・8月26日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方・女性・話を聞きに来るだけの方、
どなたさまも歓迎です。ぜひ、お気軽にお出かけください。

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