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2017年8月 7日 (月)

少年愛者は、かげろうのような恋に!

「かげろうのようなはかない恋、少年愛者に幸せな日は来るのか! マイケルの「性的虐待」の文字に思う。」
 
1993年の『薔薇族』12月号No.251に、2ページを使って、僕は見えない人たちに向かって、怒りの文章を書いている。
 
 
 
「マイケル・ジャクソンのフアンでもない僕にとって、彼がどんなスキャンダルで世間から非難されようが関係のないことだ。
 
しかし、どの雑誌、テレビを見ても、「マイケル性的虐待」の見出しなので、僕の心は穏やかではない。
 
『FOCUS』の9月10日号を見ると、「マイケルを訴えた美少年の告白―ディープキスやフェラチオも、という13歳」という見出しをつけた記事が載っている。
 
その記事によると、「マイケル・ジャクソン(35)には、セックス・スキャンダルがないと思っていたら、よりによって飛び出してきたのがホモセクシャル・ハラスメントの性的虐待容疑。今年2月から付き合っていたジョーダン・チャンドラー・シュワルツ君が父親に連れられて、心理療法のセラピストを訪ね、マイケルとの秘密について告白「初めはベッドでホッペにキスされるだけだったけど、そのうち口にキスされて、それから彼の舌が中に入ってくるようになった」と打ち明けて事件が発覚したとある。
 
それから「マスターベーションは素晴らしいことだと言ったり、お風呂に一緒に入ることを強制して、僕にフェラチオをした」というのだとある。事実とすれば、これは驚くべき犯罪だと、『FOCUS』は決めつけている。
 
 
 
『薔薇族』を出し続けてきて、いいか、悪いか判断しかねていることといえば少年愛のことだ。
 
少年愛が悪か、善かというならば、どんな偉い人でも結論を出せるものではない。もしこの世に神がいるならば、神に責任を取ってもうらうしかないからだ。
 
誰が好き好んで少年を愛の対象になどするものか。これは生まれながらに少年を好きなのだから、本人の意思では変えられない。いくら齢をとっても同じことだ。
 
少年の好みや、いろんな人がいるが、どっちにしても未成年者だから、自分のことを自分で決められない年頃の子供だ。その子供たちに手を出すこと犯罪だということはよくわかる。
 
「性的虐待」いやな言葉だ。確かに少年を殺してしまう変質者もいる。これはまさしく変質者で例外だ。女の好きな人の中にもいる。しかし、大多数の少年愛の人たちは、「性的虐待」などするものはいない。
 
 
 
マイケルに肩を持つつもりはないが、少年が好きなために自分の農園に遊園地まで作って子供たちを遊ばせ、楽しませている。そんな心やさしいマイケルが虐待などするものか。
 
少年愛は少年を愛したい、かわいがりたいという願望だ。それなのに虐待するわけがない。
 
嫌がるものをキスしたり、愛撫したりすることはよくない。ほとんどの少年愛の人たちは、空想するだけで、自分の理性で抑えている人たちだ。しかし、抑えきれなくなって、行動に走ってしまう人もいることは事実だ。
 
運よく自分の好みの少年と仲良くなれたとしても、少年は年々変化していく。そうなると、もう自分の願望の対象ではなくなってしまう。少年が自分の恋人(女性)を連れてきたりすると、悲しくなるけれど、その反面ほっとすることもあるという。
 
なんとも、はかない恋が少年愛の人たちの宿命なのだ。神よ、あなたはなんということをしてくれたのだ。このかげろうのような恋に幸せはくるのだろうか?」
 
B
パリのBON MARCHEのカード

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コメント

伊藤さんは、次の出版ビジネスの対象として開拓したかったようですが、
大部分の人は、興味なかったでしょうね

投稿: | 2017年8月 8日 (火) 00時33分

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