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2017年9月25日 (月)

時代の流れには勝てなかった!

当時、上野に事務所があった株式会社メディアソフトから『薔薇族』の復刊第1号が出たのは、2005年6月1日だった。今から12年も前のことだ。
 
メディアソフトの『薔薇族』にかける意気込みは凄まじいものがあった。
社長が近所の居酒屋に『薔薇族』のスタッフを集めてご馳走してくれたことがあった。広い部屋に集まったのは、20人をはるかにこえる人たちだった。
 
ぼくが『薔薇族』を出していた頃のスタッフは3、4人。あとはフリーの人たちが数人だけだ。広告をとる営業部員なんてひとりもいないのに、広告を集める会社の人たちも数人もいる。
 
 
 
復刊第1号を出すには、どうしても目玉がいる。そこで美輪明宏さんにお願いして、ぼくとの対談をしてもらうことになった。美輪さん、たった1日しかない休日をぼくのために時間をとってくれた。
 
社長が目黒雅叙園の豪華な部屋をインタビューのために用意してくれたのだから、それなりの服装をしなければならない。
 
人間落ち目になると、みすぼらしくなってしまう。父の友人の出版社の社長が倒産して、そのみすぼらしい姿を何人も見てきたので、なけなしの金をはたいて、背広を新調してその日に備えていた。
 
 
 
ぼくと美輪さんと2人だけと思っていたら、美輪さん専属のカメラマンの御堂義乘さんはともかく、驚いたことに、美輪さん見たさに、社長をはじめ、多くの人たちが待ち構えているではないか。
 
2号に分けてのロングインタビュー、美輪さんいい話をしてくれているので、なんとかしてみんなに読んでもらいたいものだ。
 
 
 
メディアソフトの幹部の人たちと、取次店(本の問屋)の仕入課に挨拶に車で回った。どこの取次店でも好意的で、うれしいことにぼくのことを覚えてくれていた
 
復刊第1号、今考えてみるに、テアトル銀座での、原作・江戸川乱歩、脚本・三島由紀夫、出演・美輪明宏、高嶋政宏「黒蜥蜴」の話題作の公演もあり、美輪さんの人気は女性客にも高かった。
 
表紙に魅力的でない男の写真を入れるよりも美輪さんの写真を使うべきだった。そうすればどこの書店でも、エロ本の棚に置かずに、女性でも目に触れる場所に平積みしてくれたに違いない。
 
編集長とは名前だけで、ぼくは一切編集内容にタッチしていない。これはかえすがえすも残念なことだった。
 
美輪さんが応援してくれたのに、売り上げには効果がなかった。
 
 
 
ぼくは給料を過分にいただいていたので、上野のバア「上野はやし」を訪ねて、マスターの林さんにインタビューしている。
 
「常連客だった人がしばらく姿を見せないなと思っていると、亡くなられたと聞くことも多い。毎日のように来られていたお客さんが、月に1回になり、体調がすぐれず来られなくなってしまう人、脳梗塞で倒れた人、ガンで亡くなる人……。年配客の多いお店では宿命的なことかもしれない。」
 
このお店、この後も何度かお邪魔したが、お年寄りばかりで賑やかなお店だった。林さん元気かな。
 
ゲイ・バア「タミー」のママにもインタビューしていて大活躍だ。
「伊藤文学のひとりごと」のコーナーを復活させた。「廃刊の知らせで、心の中にぽっかり穴があいてしまったようなショックを受けました。」大田区の案山子さんからの手紙。
 
時代の流れには勝てませんでした。損をさせてしまった社長に申しわけなくて。
 
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復刊第1号、これじゃ売れないな。
 
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美輪さん、協力してくれたのに。
(撮影・御堂義乘)

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コメント

いや編集長、ネタが古すぎたんだと思います
薔薇族創刊のころは、文学的な同人誌の風潮がまだまだ色濃く残っているころで、同性愛を実に耽美に、また科学的に分析したような寄稿が数多く載せられていたものでした。
それはまだまだ感覚で同性愛というものを捉えられない時代の、どこか言い訳じみた、同性愛だって異常じゃないんだ、という多角的な分析が必要だった時代特有の表現だったように思います。月光、アラン、JUNE、みんなどこかにまじめな文章が掲載されていました。

対して、今の、グラビアや、性器や性行為を露骨に描いた直感に訴える記事が跋扈するようになった時代においては、美輪さんの対談は目玉になりえないのですよ。
もっと刺激的で、直接使える情報を求めているんですね。同性愛を科学する時代は終わったのだと思います。
でも、そこまでの時代の中継ぎを果たしたのは、薔薇族であり、さぶであり、アドン、サムソンでした。そこで薔薇族は刷新するか、同人誌化するかしか道は残されていなかったのだと思います。

薔薇族を「BARA」にして、グラビアだらけのゲイ雑誌にしていたら生き残ってはいたかもしれませんが、ゲイショップに再び目の敵にされるなんてことになりかねませんよ。やはり諸々あっての大団円だったのでは?

私としてはブログとして生き残っていく道はあると思っているんですよ、編集長。
昭和の文学的な同性愛を求めている御仁は決して少なくないと思うし、若い世代にはかえって新鮮なのでは?

まだまだご活躍いただかないとですよ、編集長。

投稿: 神林 | 2017年9月28日 (木) 03時52分

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